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| 第2部 性交の社会学 7.近代の家族 江戸時代までは、男性と女性は平等だったという声があるが、筆者はそれに同意しない。 その理由は、ここままで読み進んできた読者には、おわかりだろうと思う。 しかし、日本の近代が、男性と女性の関係に与えた影響が大きかった事は、筆者も認めざるをえない。 江戸時代、封建制度といい、人口の10パーセントの武士が、町人の上に威張っていただけ、庶民はいつも悪政に苦しんでいたと言うのは、どうもうがちすぎだろう。 現在の日本は、ピストルを持った警官が、昼夜にわたって丸腰の市民を監視している。 そして、警官に射殺されても、それが職務遂行上であれば、市民は抵抗するすべを持たない。 人殺しは、毎日の新聞にのっており、現代人はふつうの殺人では、もはや驚かない。 後世の歴史書は、現代日本をこう書くだろうか。 江戸時代という長い平和が続いたのは、きわめて良くできた社会だった、と考えるべきではないだろうか。 封建社会に、庶民は、平和に楽しく、暮らし続けたのではないだろうか。 1868年、太平の夢からさめた日本は驚愕した。 欧米諸国は、強大な武力をもっている。 たった数隻の蒸気船に、日本の総力をあげて も、太刀打ちできないのである。 余りの力の違いに、愕然とした。 しかも、欧米諸国は、アジアの諸国を次々と植民地としていた。 開国に向けて、日本中が沸騰した。 この辺の事情は省略するが、とにかく、日本が独立国家として、世界の中にそれなりの地歩を占めることが急務だった。 日本という国が、強くなることを強制された。 明治維新以降、日本は西洋諸国を手本として、富国強兵に傾注することとなった。 それまで の江戸幕府は、閉ざされた世界で、自国民だけを平和裏に養っていればすんだ。 ところが、今や、西洋諸国が長い間かけて、蓄積してきた国力に、きわめて短期間で追いつかなくてはならない。 それまでより余計な出費が、増えるのである。 これからは庶民も戦さに、かり出されるのだ。 明治政府は、なりふりかまわず、富国強兵の道を突き進んだ。 国を、強くするための方策は、すべて採用した。 こうした状況で、力を象徴する男性性が、より一層強調されたのは、不思議でもなんでもない。 政治、経済、社会、あらゆる面に、強いことが良いことだ、と強調された。 争い、戦い、 打ち勝つことが奨励された。 これは、男性性の強調にほかならない。 男性性の優位は、家庭にも進入してきた。 家庭内における男性性優位は、きわめて強い家父 長制の確立、という形ですすんだ。 家長の絶対、男尊女卑、長子相続、儒教道徳の頒布など。 江戸が遠くなるに従って、近代国家の体裁が整うに従って、男性制の優位はますます強調された。 こうした事情で、江戸時代は男女が平等だった、という人がいるのか知れない。 しかし、明治になって、時代が下るに従って、男女不平等が増幅されただけなのである。 今までの人類の歴史には、本当に男女が平等だっ た時代はない。 男性は戦争が好きだ、女性は戦争が嫌いだ、と誤解しないでほしい。 今までの社会で強調された男性制は、好戦性の象徴かもしれないが、 現実の男性がすべて好戦的であるとは限らない。 そして、現実の女性が、誰でも反戦家であるとは限らない。 戦前の反戦運動家の、多くが男性だったことや、国 防婦人会を作って、道ゆく若い女性のパーマ頭に、バリカンをいれたのは女性であった。 今日の社会で、生活している現実の男性も女性も、ともに前の時代の価値観をきりきれない。 |
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