近代の終焉と母殺し  1999.3−記

目  次
はじめに 第8章 電脳的機械文明の誕生
第1章 農耕社会から工業社会へ 第9章 男性性と女性性
第2章 自然という神の存在 第10章 フェミニズムの誕生
第3章 神からの距離による正統と異端 第11章 母 殺 し
第4章 神とその代理人たる父の死 第12章 無色となった性
第5章 個体維持と肉体労働 第13章 近代の終焉
第6章 新たな論理の獲得 第14章 純粋な愛情の時代
第7章 機械文明の誕生 おわりに

第8章 電脳的機械文明の誕生

 論理=科学する精神活動という工業社会を生み出した神への反逆は、肉体のみならず頭脳の代替物をも作り出した。
論理的思考を担当するのが頭脳だとすれば、自分という人間はなぜ存在するのかの問いが、頭脳の代替物を生み出すのは自然の流れである。
肉体の代替として機械を作った男性たち が、論理的思考をになう頭脳の代替物を作らないはずがない。
頭脳の代替物、それは電脳つまりコンピューターだった。(注−96)


 電脳なるコンピューターは、工業社会の機械文明と結びつき、電脳的機械文明を生み出した。
工業社会の成果が農耕を変質させたように、電脳は工業を変えた。
電脳が情報産業を生み出したことに注目するが、新たな産業が生まれたことだけが、大きな変化ではない。
工業社会の機械文明を内部から変質させたことが、情報社会の真の変化である。


 工業化が農耕の世界に「緑の革命」を起こしたように、電脳は農耕・工業の両社会に「デジタルの革命」を起こした。
情報産業という新たな職種を産んだことよりも、それまでの産業を根底的に変質させたことこそ、特筆されなければならない。
そのため、工業に浸食されて農耕がたどった道を、今後は工業もたどるのである。

 電脳は暴力的だった機械文明を、華麗に変身させた。
電脳的機械文明は、騒音も出さず油まみれにもならない。
わずかな埃をも許容しないほど清潔に、素早く生産を開始した。
電脳的機械文明の別名を情報社会と言うが、それは工業社会の機械文明より一層生産性を向上させ始めた。

 電脳的機械文明は繊細で優美でありながら、しかも人間の肉体労働をまったく不要にした。
初期工業社会の機械文明は、屈強な男性の肉体の代役にしかすぎなかったが(注−97)、 工業社会が終わる時になって生まれた電脳的機械文明は、人間の知能に類したものを内蔵し、機械自らが人間に代わって働いたので、肉体そのものを不要にした。
ここでは肉体が屈強であるか否かは問題にならない。
工業社会の機械が、農耕社会における過酷だった肉体労働の代替となったことを越えて、電脳は農業や 工業生産における肉体そのものを不要にした。
電脳的機械文明では、ただ頭脳の働きが、優れているかどうかだけが評価の対象である。
論理を理解し、論理をいかに操れるかのみが問われる。(注−98)


 機械文明に引き続いて到来した電脳的機械文明の社会では、汗を流して力強く働く姿が、魅力的で頼りがいのある男性像ではない。
神経質な電脳的機械を構想し、設計する頭脳労働に価値が移ったのである。
この頭脳労働なるものは、肉体労働における働く姿とはまったく異なり、不自然で不健康である。
働くときの服装も平時と変わらず、働いているのか遊んでいるのか、その姿からだけでは判然としない。
昼夜の別もなくなり、夜も働くことができるし、昼夜逆転した生活も可能になった。


 自然の掟は無視され始めた。
体を使わずに頭の中で瞑想していることが、労働でもあり得る時代になった。
肉体労働が主流であれば、男女に同じ働きを期待することは出来ないので、男女雇用機会均等法を制定することはできない。
しかし働くことに、もはや腕力といった意味での体力は不要になった。
だから、男女に同じ労働を求めることが可能になり、雇用機会均等法が制定できるようになった。
論理は相変わらず自然環境の解読を続けながら、その論理が自然や環境を解読すればするほど、人間の生活は自然の掟から限りなく遠ざかり始めた。

 男性の生み出した論理は、男性が男性である所以だった肉体的な屈強さを無価値にした。
電脳的機械文明はは99%の男性を不要にした。
近代に入ってから、男性性は肉体的頑健さプラス論理的思考となったのだが、情報社会の入り口に立った今、社会的な生産性を上げるうえで、論理だけが大切なものとして残された。
生産労働に肉体的な頑健さは不要になった。
ここで女性の肉体的な非力さが、社会的活動つまり生産労働の足かせではなくなった。


 人口のほぼ100%が、識字力と演算力を体得した社会が実現された後、電脳的機械文明が実現されたのだが、そこでは非力な女性でも論理を体得して、頭脳さえ優れていれば、男性と同等以上の働きが出来る。
男女の頭脳には優劣がないから、男女はまったく同じ地平にたつことになった。
伝統的社会や近代社会において、家内労働や種族保存に専従させられた女性も、近代社会の次の電脳的機械文明つまり情報社会では、男性と同じように個体維持つまり 生産労働に参画できるようになった。(注−99)

次に進む