考える家  : 気配の住宅論

目 次

 1.敷 地  2. 玄 関  3.光と闇  4. 柱と壁  5.建 具
 6.天 井  7.ト イ レ  8.浴 室  9. 厨 房 10 畳と床
11.居 間 12.個 室 13.設 備 14.外 観 15.あとがき

15.あとがき

 家作りに関する情報は、今日、それこそ山のようにあり、建築主めがけて怒涛のごとく押しよせています。
ですから、昔にくらべて、家作りはずっと容易になったはずです。
このインターネットでも、住宅に関する多くの情報が飛び交っています。
そして、あたりを見まわすと、毎年、たくさんの家が建築されています。

 ところが、ひとたび自分が建築主となると、現実は逆であることに気づきます。
あふれる情報の前で、何を、どうすべきかと判断することは、ますます困難に時とすると苦行にさえなっています。
私たちは、そうした困難に立ち向かった建築主を、身のまわりでたくさんみてきました。

 はじめ、この困難さは建築主が、建築界をよく知っていないからだと思っていました。
封建的で、因習の強い建築界は、外からみると本当にとっつきにくく、そのせいで家作りが困難なのだと思っていました。
ですから、現代の建築界のシステムを知ってもらえば、建築主に安心して家作りをしてもらえると考えていました。

 あとは、熱心な設計者と、良心的な施工者さえいれば良い、と楽観していました。
そう考えて、『花泥棒』という雑誌に、家が建築される手順を書きはじめました。
それが、「家を建てようとする方へ:発注する前に」です。
ところが、書きすすむうちに、建築界にいる私たちでさえ、何か判然としない部分が残ることに気づきはじめました。
単に、建築主や設計者、施工者と言った問題ではないように思えはじめたのです。

 残ってしまう何かとは何か。

 それは、私たちは、自分の家について、自分の言葉で考えてみたことはあるのか、という疑問でした。
いろいろな情報が、新しくとび出してきますが、そうした情報の大部分が、外国から直輸入したものだったり、それらの翻訳だったりと言った具合です。
私たちは、毎日家に暮らしていながら、現実の生活を直視せず、外からくるカタカナの情報にばかり眼を向けていたようです。
そこで、私たちの家を、一度分解して、徹底的に考えなおしてみようと思いました。
そして、再び『花泥棒』に書きはじめたのが、この「考える家:気配の住宅論」です。

 いままでの建築書の多くは、私たちの現実にある家から出発せず、西欧をモデルとして私たちの家を語るのが常でした。
日く、ユーティリティ、コミュニティ、プライバシー、プランニング、ファサード…。
そして、それらのモデルとくらべて、日本の家もかくあるべし、という論が展開されました。

 美しいカラー写真入りの雑誌は、好んで西欧諸国の家をとりあげます。
そのうえ、ある時は、それらの話は、何やら日本の家はダメだという印象すら与えました。
それは、私たちの建築が、いつも外国を範としてすすんできたせいからかも知れません。
そのうえ、日本にある建築についても、その良さを外国人から教えてもらったりしたせいからかも知れません。

 本書も、そうした傾向が絶無とは断言できません。
しかし、できるだけ現実に即して、具体的な家を考えました。
その結果、いわば当り前とされていたことを、検討することになりました。
壁や障子は、私たちにとってどういう意味をもち、どういう機能を果たしているのか。
玄関とは何か、居間とは何か、個室はどうなのか等々……判っているようでいて、その実どうも判然としないものばかりでした。
こうしたなかから、いままで言われていなかった事柄が、次つぎとでてきました。
これらは、私たちの身のまわりにあるがために、慣れすぎて考察の対象とされなかったのかも知れません。
そして、驚くべきことに、家に対する身近かな考察には、多くの設計者たちはあまり興味を示さないということも知りました.

 新しい家も、古い家を踏み台にして、生み出されます。
ですから、当然のことながら、新しい建築主といえども、いままで先達がなしてきた家作りを、全く無視することはできません。
書きすすむうちに、私たちの家について考えることは、建築主だけがすれば良い問題ではないこともみえてきました。
家、そして、そこでなされる生活から、新しい家の設計へと移るための基礎条件の整理は、誰にとっても意味のあることです。
見慣れた自分の生活の場を考えなおすことは、私たちの生活を豊潤で堅実なものにする道です。
現実のなかから導き出されたものこそ、新しいものを生み出す源です。
私たちの家を、生活を、私たちの言葉で考える。
本論が、その礎となれば、望外の幸せです。


「タクミ ホームズ」も参照下さい

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