考える家  : 気配の住宅論

目 次

 1.敷 地  2. 玄 関  3.光と闇  4. 柱と壁  5.建 具
 6.天 井  7.ト イ レ  8.浴 室  9. 厨 房 10 畳と床
11.居 間 12.個 室 13.設 備 14.外 観 15.あとがき

3.光と闇   その1

 日本の夜は明るいといわれて、すぐピンときてうなずく人は、そう多くはないでしょう。
周知のように、フランスでは廊下などが非常に暗く、照明もスイッチを入れてしばらくの間だけ明りがともります。
数分すると自然と消えてしまいます。
そして、ヨーロッパの街は建物のなかだけではなく、街の通りもとても暗いのです。
ここで、フランス人や他のヨーロッパ人のケチさを、例証しようというのではありません。
私たちの明るさに対する感覚を、検討しょうという話です。

 日本の夜は明るいといっても、日本の月だけが明るいとか、日本の夜は白夜だといっているのではありません。
夜の明るさが、日本と外国で違うわけはなく、夜は地球上たいていの場所で暗いものです。
ここで言いたいのは、日本のとくに都市部の照明が極端に明るいことです。
(大震災後の節電でいくらかは暗くなりましたが…)

 東京からパリに着くと、パリの夜は何と薄暗いのかと驚きます。
ひょっとして、今夜だけ何か特別に暗くしているのではないか、とすら思えるはど暗いのです。
日本では、銀座や新宿といった繁華街はもちろん、近郊の小さな駅前通りも、大量の照明によってとても明るく照らされています。
外灯やら商店の看板灯やらで、夜の街は明るく、懐中電灯なしでもまったく不自由しないのが昨今です。

 山奥に住んでいるなら、話は別です。
しかし、都会やその周辺に住んでいる私たちは、明るいことに慣れてしまっています。
ですから、夜の暗さは理解できても、闇を実感できなくなっています。
近頃では、映画館でも消防法の規定により、少し明るくして上映していますから、本当の闇はもはや体験できません。

 月のない夜、それは闇です。
闇とは本当にまっくらです。
自分の鼻をつままれるままで、そこに誰がいるのかわからないほど暗いのです。
闇を体験できないと、闇という言葉が示すイメージが伝わりません。
ここでいう闇は、射干玉(ぬばたま)の闇だといっても、読者の頭のなかには少し明るい闇しか想像してもらえません。

 こうして体験できない闇が、本来の闇から変質して伝えられてしまいます。
漆黒の闇という言葉は、すでに使用語彙ではなく、理解語彙でもなくなっています。
闇という言葉で、闇の実態が伝えられないのは重大問題です。
闇は明るさのまったくない状態です。闇には不可視の世界があります。
本当に真っ暗な闇は、絶対零の世界です。
闇、これが照明計画の出発点です。
光や色の絶対零から、私たちの先祖は照明を工夫してきました。

 満月の晩には、他の人工照明など不用であったことは、すぐ想像がつきます。
絶対零の闇のなかでこそ、明るいものが非常に大きな意味をもってきます。
たとえば、松明は大して明るいものではないと思いがちですが、本当の闇のなかではとても明るく感じます。

 燃える火は、人をひきつけるといって、いろりや暖炉をもてはやします。
しかし、それは火それ自体の魅力もありはしますが、同時にまわりが暗いということに大きな意味があります。
日中に暖炉を燃やしても、それほどの効果はありません。

 ヨーロッパの夜の長い地方で、暖炉が発達したのをみてもわかるとおり、暗いから火は映えます。
キャンプファイヤーも同じ理屈です。
キャンプファイヤーはけっして昼はやりません。
火によって明るく照らされた人の顔、その顔を闇が包んでいるからこそ雰囲気があります。
火それ自体の魅力も、闇と一緒になってはじめて真価が発揮されます。

 月の光も、明るいものの一つです。
満月は照度的には相当高いものをもっていますが、半月や三日月となるとそうはいきません。
けっして明るいものではありませんが、まわりが暗いとやはり明るく感じます。
現在では、優秀な人工照明が大量にあって、ほんのり明るいくらいでは、もはや明るいとは感じません。
ひょっとすると、暗いとすら感じてしまいます。
明るいなかではより明るいもののほうが目立ちますから、それはまったく当然です。

 室内にあっても話はまったく同じです。
ヨーロッパの宮廷では、シャンデリアという装飾があって、電気が発明されるよりずっと以前から、天井に明るさを求めてきました。
たくさんのろうそくをたてて、室内を明るくしました。
しかし、その維持には並なみならぬ苦労があり、高いところにあるシャンデリアの手入れをするための昇降装置を、天井裏にしつらえるなど大変な努力でした。
ところが、日本の場合、天井に明るさを求める習慣はほとんどなく、行灯や燭台といった形式が多いようでした。


「タクミ ホームズ」も参照下さい

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