考える家  : 気配の住宅論

目 次

 1.敷 地  2. 玄 関  3.光と闇  4. 柱と壁  5.建 具
 6.天 井  7.ト イ レ  8.浴 室  9. 厨 房 10 畳と床
11.居 間 12.個 室 13.設 備 14.外 観 15.あとがき

12.個 室    その5

 一組の夫婦を中心とした個室群型住宅の登場は、私たちの歴史のなかでは本当に最近のできごとです。
厨房や居間もしくは茶の間といったものは、いつの時代にもありましたが、個室はありませんでした。

 個室の登場は、単に便利さとかプライバシーといった意味だけではなく、それを使用する人間関係の質自体の変化を表わしていると理解すべきです。
かつての大家族制のなかでは、女性の地位が低く、すべてのシワ寄せが女性にくる、という問題はありました。
しかし、夫婦という一対の男と女の結合も、家族全体のなかで成立していました。
そして、家族の全員が家中に等質に存在し、その当人が果たす役割の重さの違いはあれ、関係性の質が異なることはありませんでした。

 現代は違います。
夫婦が寝室としてであれ個室をもった時から、夫婦の結びつきが他と異次元の強さをもつようになりました。
つまり、家族のなかで、夫婦は一心同体的な結合をなし、子供やそれ以外の家族とは、質的に異なる関係をつくるようになりました。
当人たちの意識のうえでは、配偶者も子供や他の家族も同じように大切だ、家族の誰にも優劣をつけて接してはいないと思っているでしょう。
もちろん、そうでなければ困ります。

 しかし、関係の質としては、夫婦の結合カが強くなった分だけ、家族全体の親和力は弱くなりました。
そして、強い夫婦の関係は、他の家族関係を排除していきます。
象徴としての夫婦の肉体関係が肯定される時、子供は夫婦としての男と女の関係に立ち入ることを拒まれ、いやが応にも自立を求められます。

 西欧流の個室が、日本の住宅設計にも登場するようになって、日本の家族関係も、大きな質的変化を受けました。
夫婦の寝室の独立は、一夫一婦制確立の証です。
個室社会では、子供であろうと成人すれば、親のもとをでていくのは当り前の話です。
成人まで養育はすれども、成人後は別々の人格として、切り離されて社会生活を送ります。
ところが、家族の親和力が支配していた大家族時代は、家全体が一つの共同体として生活していましたから、子供の成長は共同体の構成員の成長を意味しました。

 共同体のなかでは、まず個人としての男性や女性が存在するのではなく、おのおのの役割を果たす人間が生活していたのでした。
それゆえ、共同体での成人は、配偶者と直接的に相対するのではなく、配偶者をも含めた家族全員と包括的な関係を綻び、成人は老人とも子供とも、個人としては等質に対応していました。
ですから、かつての社会では、自分の役割が済めば、現役から退いても、次の成人が共同体を担い、老人はその共同体内のまた別の役割を果たすことによって生活してきました。
そのため、老後の生活に困るということは、原則的には考えられない世の中でした。

 個室家族は自立した個人が前提となっているため、老齢化と配偶者の死は、すぐさま社会の余計者となる運命が待ちかまえています。
西欧の人びとは、長い間個人生活をしてきたため、老齢と孤独は甘受すべきものと覚悟しています。
老後を一人で生きることは、誇ることであれ、けっして恥ずべきこととは考えてはいません。

 私たちは、一つの居間といくつかの個室群を、現代住宅の標準と考える時、近代がもたらすさまざまの問題を同時に引き受けざるを得ません。
美しく包装された西欧やアメリカのやり方が輸入されますが、おいしい部分だけを選んで食べるのは、非常に困難だと知っておくべきです。
一見すると、個人の自由を最大限に尊重するようにみえる個室も、実はその裏に苦い部分があったことは、いままで述べてきたとおりです。

 個室は、老人だけを孤独に追いやるのではなく、子供をも、また夫婦をも孤独に追い込みます。
老人にそれが明確に表われるのは、老人が現在とは異なった過去をすてきれないからです。
そして、子供に孤立感が少ないのは、子供は過去をもたないがゆえに、新しい社会に自らを適応させやすいし、またそうせねば成長できない存在だからです。

 文化をもたない子供は、新しい社会に適応して文化を体得していくのだし、老人が古い文化をすてることは、自分自身を否定することにつながりかねないから、慎重なだけの違いしかありません。
個室は、それを採用する時、誰のうえにも平等に自由をもたらしてくれると同時に、誰のうえにも平等に孤独をもたらしてくれます。
まず一番最初に音を上げるのは、いつも一番弱い人たちです。

 夫婦の人間的なふれあいが希薄なままで、個室を採用することは、家族の崩壊を自ら選ぶようなものだ、ということも知っておいて下さい。
夫婦が、かつてのような大家族制時代にあった、自然発生的な家族の親和力に期待して生活をしつづけると、何年か後には思いもよらない現象が表われることでしょう。

 個室住宅を選択するには、子供より誰よりも自分の連れ合いが世界中で一番大切な人間であると、確信していないと悲劇が生まれます。
近代の家いいかえると個室住宅とは、夫婦のつながりがその根幹で、親子のつながりはきわめて希薄なものだと言う前提です。
それは何度確認しても、多すぎることはありません。
歴史的にもまた世界を見回しても、個室住宅に寝ている人の方が少ないのですから、個室住宅の特異さを自覚しておいて下さい。

 日常生活は、夫婦だけでするものではありません。
個室に生活する家族は、全員が何かを要求されています。
プレフアブ住宅から注文住宅、設計者の設計する住宅まで、現在の日本では個室住宅以外にはありません。
しかし、私たちの感性は、まだまだ個室文化を体得していません。
もちろん、古い大家族制へと戻ることは時代錯誤です。
いま、新しい生活様式が提示されても、当然な時期には立ち至っています。

 新しい家族制度を考えています。
ぜひ、「核家族から単家族へ」をお読み下さい。


「タクミ ホームズ」も参照下さい

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