考える家  : 気配の住宅論

目 次

 1.敷 地  2. 玄 関  3.光と闇  4. 柱と壁  5.建 具
 6.天 井  7.ト イ レ  8.浴 室  9. 厨 房 10 畳と床
11.居 間 12.個 室 13.設 備 14.外 観 15.あとがき

11. 居 間     その2

 食寝分離は、日本人の生活の所作を低いレベルヘと下げてしまったといっても、過言ではない弊害を生み出しました。
朝おきて、布団をたたみ、掃除をして、その後にちゃぶ台を出して朝食をとることの、一体どこが不衛生だったのでしょうか。

 夜は夕食後、昼の装置をすべてかたずけて、寝具をひろげる生活は、本当に不衛生で不都合なものだったのでしょうか。
確かに狭い部屋に、大勢が雑魚寝のようにしていれば、時として、赤ちゃんが圧死したりする事故がありました。
しかし、そうした事故は、食寝分離がなされていても、狭い部屋に大勢が寝ていれば、不可避的におきる話しです。

 奇異に感ずるかも知れませんが、西欧では寝床つまりベッドのなかで、物を食べる習慣がありました。
朝食をベッドのなかで食べるのは、よく映画でみるとおりです。
洋式ホテルのルーム・サービスはその名残りです。
そのうえ、ベッドカバーをかけた昼のベッドは、ソファーとみなしてあつかいますから、狭い家に住んでいる人は、まさに寝る場所で物を食べていました。

 日本食と違って、パンはどうしてもまわりにくずが落ちます。
ですから、西欧人にとっては、食寝の分離は本当に切実な問題だったことでしょう。
食ベカスがベッドに残るような、不衛生きわまりない状態を脱するには、食寝分離は是非とも実現したいスローガンだったことでしょう。

 日本には、寝床でものを食べる習慣はなかったのですから、食寝分離を声高に主張しなければならなかった理由は、いまになってみるとよくわかりません。
むしろ、食寝が分離された結果、布団が万年床というかたちで、ベッド化しているが気がしないでもありません。
また、最近日本でも、寝床で物を食べる習慣が発生していることも、風のうわさには聞こえてきます。

 これも、ものとしての食事場所と寝る場所が分かれた結果、生活習慣はかえって退行してしまったのではないかと、私は想像しています。
茶の間から、寝るという機能を一つ分化させただけで、生活の体系が変わってしまうことは驚くべきことです。

 かつての茶の間は、間違いなく畳敷きでした。
農家などで、板敷きの茶の間をみることもありはしました。
しかし、いずれにせよ、床にお尻をつけて座る形式でした。
いつのころからか椅子が日本でも使用されるようになり、食寝分離の食堂は、椅子式になってきました。
この椅子の生活は、いまだに何となくなじめないと、感じる向きもあるかも知れません。

 インテリア雑誌などでみかける室内写真は、きまって豪華なもしくは軽快な椅子をどこかに写しています。
洋式便器の普及と同様、椅子式生活も私たちの生活に、すっかり定着した感があります。
しかし、ソファと呼ばれるものは、日本語では同じ椅子でありながら、何となくまだ私たちの生活にとけこんでいないように感じます。
それは、他の家に行った時、通された応接間のソファのイメージがあるからかも知れません。
家の中心たる居間を、本当に居心地の良いものとするために、もう少し茶の間の話を続けましょう。

 かつての日本家屋は、茶の間のとなりに台所をもっていました。
その台所は、最初は土間でしたから、下ばきで仕事をしました。その後、ガス(プロパンガスを含む)の登場と相前後して、板張りの床仕上げとなり、上ばきで歩くようになりました。
その間、茶の間は一貫して畳敷きでした。

 しかし、居間やリビング・ルームなるものは、だいたいが洋間仕立てになっています。
洋間といっても、土足で歩くのではなく、カーペットなどのうえをスリッパで歩く日本式洋間です。
いずれにせよ居間は、床にお尻をつけて座るようには、しつらえてはありません。

 建売住宅やマンションの広告にみられる間取りで多いのは、台所に隣接して食事用テーブルをおき、その反対側にソファをおいて、団らんの場を設定しているものです。
DK(ダイニング・キッチンつまり台所と食堂が一室)か、LDK(居間と食堂と台所が一室)かという話は、他ですでにしてありますから、ここでは省略しますが、日本人が椅子とテーブルで食事をすることに慣れたのは、なぜだったのでしょう。

 茶の間は畳敷きでしたし、ちゃぶ台を使った座り式の食事台でした。
それ以前は箱膳でした。すべて床にお尻をつけて座っていました。
それがなぜ、椅子の生活をこうもやすやすと取り入れたのでしよう。
それは、私たちの落ち着きを得るカギが、下半身のみえ隠れにあるからだと、私は考えています。

 かつてのちゃぶ台も、現代の椅子式食卓も、上半身と食卓との位置関係は変わっていません。
ちょうど、おなかのあたりが食卓の高さにきて、しかも上半身はほぼ直立して対します。
この位置関係を変えてしまうと、食べにくくなってしまいますから、食事と上半身の関係は変えにくいものです。
大昔のギリシアでは、床に横になって食事をした記録がありますが、日本ではみかけません。

 ここで気がつくことは、食卓がちゃぶ台であろうとテーブルであろうと、私たちの下半身が台により隠され、食事を共にしている人びとからの視線には、さらされてないことです。
実はここに居間設計のカギがあります。

 下半身を衆目にさらさないということが、私たちの食事を含む団らんの不可欠の原則です。
この原則を守る限り、落ちつける居間を設計することができます。
この原則を逸脱した居間は、どんなに美しいインテリアをしつらえても、いつの間にか使用されない部屋となってしまいます。


「タクミ ホームズ」も参照下さい

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