考える家  : 気配の住宅論

目 次

 1.敷 地  2. 玄 関  3.光と闇  4. 柱と壁  5.建 具
 6.天 井  7.ト イ レ  8.浴 室  9. 厨 房 10 畳と床
11.居 間 12.個 室 13.設 備 14.外 観 15.あとがき

  9. 厨 房    その2

 厨房とは、食事をつくるための場所です。
そうだとすれば、厨房の設計にあたっては、食事をつくりやすいようにしつらえる必要があるでしょうか。
食事をつくるという目的に、もっとも適応する機能を用意すれば、最善の厨房ができるのでしょうか。

 もしそうだとすれば、レストランなどの業務用の厨房がもっとも合目的的です。
匠研究室でも、飲食店の設計を行いますが、その時は、とにかく使いやすいようにとだけ心がけて設計します。
すると、床は水洗いができるようにとコンクリート仕上げ、もしくは防水層仕上げで、中央に大きな排水溝をきります。

 流し台やガス台、調理台などは、ステンレス製で台車のついたものを使用します。
これは簡単に動いて、こうした厨房機器類の下も、水洗いができるようにという配慮です。
そのうえ、壁はステンレス張りか、コンクリートの上にペンキ仕上げという具合です。
料理人という本職たちの働く場としての厨房は、限りなく工場に近づいていきます。
別に匠研究室だけの特許ではなく、どこの飲食店でも、同じようなつくりになっています。

 かつての土の上にあったかまどや炊事場は、食事製造工場的要素をももっていました。
そのままいけば、ピカピカステンレスの厨房工場へと進む可能性を秘めていました。
土足で歩く現在の本職たちの厨房は、昔の家庭の厨房と沢山の共通点をもっています。
家庭の厨房が、土間から食堂の延長として板仕上げの床となった時、そこは食事をつくるためだけではない方向へと、変身をとげました。
現代の家庭の厨房は、こうした機能追求の本格派からはほど遠いものです。

 それは、おいしい食事作りを第一の目的とするのではなく、食事をつくる人の環境整備というか、快適かつ安楽に食事をつくることができる厨房づくりが希求されました。
朝早くおきて、食事作りのための準備から仕込みといった、地味な作業を追いやり、寝ているうちに電気釜によってご飯がたけ、冷たい水で洗いものをする苦痛を、お湯によってやわらげるといったものでした。
明るい採光、暖かい空気、働きやすい動線、豊富な収納といった変化がつづいてきました。

 けれどもこうした変化は、どうしたらおいしい料理がつくれるかという側面よりも、どうしたら楽に料理ができるかという面に、専ら貢献したと思われます。
厨房が本来食事作りの場所だ、という機能で語れる部足であるにもかかわらず、その部屋の第一目的にそって、厨房がしつらえたのではないのが現在の厨房です。

 何のための厨房か、ということは不問にされたまま、厨房の変化は押しすすめられてきました。
尉房の第一目的は料理をつくる場所です。
そのための機能や設備の改良がなされてきたと、錯覚されているかも知れません。
しかし、おいしいご飯は、やはり薪炊きだという声が、いつまでも消えないのはなぜでしょう。
それは、実は技術革新のもとになされた厨房の変化は、薪たきご飯に近いものを、いかに人間の労働力を省いてつくるかだったからです。

 生活上の技術革新が実現したものは、自然にあるものにいかに人工的に近づけるか、これに尽きたように感じます。
出汁をとるかわりに、出汁に近い人工調味料を使ったり、コンソメをつくるかわりに、ブイヨンを使ったりといったものでした。
これらをよく考えると、確かに便利に手軽にはなりましたが、本物ではありません。

 手間ひまをかけて密実につくられた食べ物たちにくらべると、どことなく押しつけがましく、人工的な刺激の多い味となっています。
そのうえ、私たちの味覚は時代とともに変化し、現代の味をうまいと感じてしまうのですから、始末が悪いかぎりです。

 いまの厨房でつくられる味が自然だと思い、もう体験できなくなった味は、考慮の外となってしまいます。
そうした人間のほうの事情はあるにせよ、厨房の変化は、美味の追求の結果であったとは、どうしてもいえません。
いままでのそれは、安楽な労働環境の実現に主眼があった、としかいえませんでした。

 現在すすんでいる厨房の変化は、またもう一つ別の観点に基づいて進んでいるように感じられます。
それは作業する場というより、眺める対象として厨房が設計されている傾向があるようです。
流行のシステム・キッチンは、美しい外観をしています。
ちなみに匠研究室は、いまだに何がシステム・キッチンなのかよく理解できない。
システム・キッチン流行の背景は、おいしい料理追求だとはどこを捜してもみつかりません。

 システム・キッチンが云々される時は、もう何をどうつくるか、何がおいしいのかなど全く考慮の外、といっても過言ではありません。
システム・キッチンの宣伝には、不思議とどのメーカーも同じように、料理をつくっている時ではなく、何もない、人もいない厨房の写真が使用されています。
そうした美しい写真からは、料理をつくるために腕をふるっている場面も、生の魚をおろしている場面も想像することは困難です。

 システムキッチンは、1枚の甲板によって継ぎ目なく仕上っているため、たしかにガス台と流し台の問に、ゴキブリが逃げこむということはなくなりました。
そのうえ、よく考えられた豊富な収納部分をもっているので、沢山のものが入ります。

 しかし、あまりにも完璧な収納装置であるために、使い終わったナベカマを収納する作業が逆にふえています。
そして、労力をかけてキチンと収納されると、システム・キッチンと呼ばれる厨房は、客間かと思われるくらいにきれいに整頓されてしまいます。
もうここには、誰を通しても恥しくありません。
そして、また数時間後に、一度収納したナベカマをだして、料理をはじめる次第となります。


「タクミ ホームズ」も参照下さい

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