考える家  : 気配の住宅論

目 次

 1.敷 地  2. 玄 関  3.光と闇  4. 柱と壁  5.建 具
 6.天 井  7.ト イ レ  8.浴 室  9. 厨 房 10 畳と床
11.居 間 12.個 室 13.設 備 14.外 観 15.あとがき

3.光と闇     その3

 色は光にあると看破されても、現代の私たちはまだ光を上手に演出しきってないようです。
大規模な公共建築では、光の演出を意識しているようですし、その話題も時どき人の口にのぼります。
しかし、こうした建築の照明計画は、何を照明すべきかを忘れている気がしてなりません。
室内の照明は、そのなかにいる人間をもっとも美しくみせる必要があるはずです。

 本来、照明は人間を照すのを第一とし、その場にいる人間を艶にみせるのが、光の演出の第一歩です。
少なくともいままで、つまり、人工照明が登場するまではそのはずでした。
人がその光のなかへ入るのをためらうような光の演出は、どのような意味をもっているのでしょうか。
残念ながら現代の大規模建築は、そのことを第一にすえていないように感じられます。

 かつて建築が神の下僕であったとしても、神の死んだいま、建築が建築だけで完結するはずがありません。
神が死んだことに無頓着な私たちは、空間の質に鈍感でもやむを得ないのでしょうか。
大規模建築が硬い光の場を作っても、ある程度はやむを得ないかも知れません。
なぜなら、私たち自身が包まれる光と闇の空間を忘れ、硬い光の場を外からながめて美しいと感じている限りは、演出するほうも人間をたいせつにしなくなるのは、当然といえば当然だからです。

 話を住宅の照明に戻します。
私たちの身のまわりにあるものは、上方からだけ投げかけられる光に、耐えるようには作られてはいません。
人の顔は、真下から照らすのもいけませんが、上から照らすのもいけません。
やはり、目線と同じつまり顔の高さがよいようです。

 室全体を薄くやわらかい光でサッとなでてから、顔に光を届かせると、現代風になるのではないでしょうか。
少なくとも影の生まれる照明をし、その影の方向に注意して下さい。
また、ものに光をあてるのも、同じ考えですすめるべきです。
一方からくる弱い光に照らされた茶碗は、美術館に展示されている時より、何倍も美しくみえることでしょう。

 匠研究室は、蛍光灯をよく使います。
とくに和室にはよく蛍光灯を使います。 
しかし、蛍光灯をむきだし、または天井から吊り下げて使用はしません。
元来が、和室というのは電灯による照明をのみこめるようには、造られてこなかったのですから、天井から白熱灯を吊り下げても雰囲気をこわすことは自明です。

 重要文化財となっている建物で、天井から白熱灯が一つ吊り下げられているのをみると、わからない人たちだと本当に寂しくなります。
もともと天井から光をとることを予定していない=設計してない空間に、どんな照明器具をもちこんでも調和させるのは無理です。

 暗いほうが物が美しくみえるといっても、現代では行灯だけのうす暗い室内というのは無謀です。
真っ暗にして、ローソクや月の光だけで、音楽をきくというのも悪くはありません。
しかし、部屋は音楽をきくためだけにあるのではなく、さまざまな作業に対応できるようにしつらえておく必要があります。

 まず、基調となる光をほの明るい程度に設定します。
すると、白熱灯より蛍光灯のはうが発光面が広い分だけ有利です。
また光の色も昼光色に近い分だけ自然です。
ここでよく陥りやすい錯覚に、まぎれこむ寸前に私たちはいます。
いままで、この話は光源そのものには言及せず、むしろ光と闇と人間という全体を考えてきました。

 照明計画の第一歩は光源にあるのではないことを、確認しておきたいのです。
白熱灯か蛍光灯かハロゲン灯かまたはローソクかという問題は、本当に最後の最後の話なのだということは、何度強調しすぎても強調しすぎということはありません。
部屋の基調を作る照明は、どこから光がくるのか光源がわからないよう、やわらかく人間を包むょうな配慮のもとに設計すればよい、と匠研究室は考えています。

 照明計画は光源から出発するのではありません。
では何からか、まず室内の仕様や仕上げが第一番に語られるべきです。
とくに壁と床です。
建築は部分にこだわると同時に、全体をまとめていく視点を、いつももちつづけていく必要があります。

 照明計画のなかで、壁の果たす役割は非常に大きいものがあります。
壁には、発せられた光を上手に投げ返してくれる役割が求められています。
光源から直接限にとびこんでくる光だけではなく、壁などに当たって反射する光の処理が、室の雰囲気作りには重大な要素です。

 発せられた光を、上手に投げ返してくれる壁に仕上げることが、照明計画上からも求められます。
黒は光を全部吸収する色だといっても、黒い色の豊富さは周知のとうりです。
光った黒、こっくりした黒、なめらかな黒…。
色だけではありません。材料の質感も大きな役割を担っています。

 そう考えると昔からある京壁=土壁は優霧な材料であることに気付きます。
硬くもなく軟かくもなく、昼は昼で表情をもち、夜は夜で光を吸いながら、上手に光をばらまきなおす京壁の表面は、その裏側に塗り重ねられた土の厚さをすら感じさせて、心がなごみます。


「タクミ ホームズ」も参照下さい

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