考える家  : 気配の住宅論

目 次

 1.敷 地  2. 玄 関  3.光と闇  4. 柱と壁  5.建 具
 6.天 井  7.ト イ レ  8.浴 室  9. 厨 房 10 畳と床
11.居 間 12.個 室 13.設 備 14.外 観 15.あとがき

3.光と闇     その4

 京錆や稲荷山といった明るい色調の京壁は、かつての和室の暗いイメージを払拭すらしてくれます。
そのうえ、この京壁は後で室にもちこまれる家具や調度とも、とてもよく調和します。
和家具とは当然として、西欧のガラス器や金属器とも、妙なる調和を生み出す京壁は、私たちの歴史がつくりあげた優秀な材料であることに、いまさらながら驚かされます。

 左官屋によって塗られる京壁のような壁材は、乾燥期間をおかなければならないため、現代のように忙しい工事現場では、だんだんと使用されなくなっています。
また京壁は部分的な修理が困難なことや、画びょうがきかないこともあって少しずつ敬遠されてはいます。

 また京壁は、それ由身がもつ上品な表情が、躾られた生活習慣(たとえば畳の縁をふまないとか)を欠きつつある現代人には、少し厳しいものと感じられているかも知れません。
けれども、光の処理としては優れた材料ですから、室内全体を京壁で塗りあげてしまうのではなしに、現代にあった新しい使い方を研究してみると面白いと思います。

 クロスもよい材料です。
布の細かい凹凸が光の対応に向いているのでしょう。
施工が簡単なために、現代の住宅建築には不可欠の材料となっています。
ところが、匠研究室はクロスをあまり歓迎しません。
というのはクロス(ビニールクロスを含む)は余りにも簡便な壁仕上材であるため、設計者の意思をこえて安易な室を作りやすいのです。

 クロスは1枚の薄ものを張るだけで仕上ってしまうので、室の客囲気をその表面の模様が決めてしまいます。
クロスは細かい心配りで作りあげてきた室の雰囲気作りの過程を、すべてご破算にしてしまいやすいのです。
そのうえ、クロスは下地の硬さが感じられることが多く、せっかくの布のよさが表面だけで、深みを欠くきらいがあります。
いずれにせよ、壁は目線が第一に当たる場所でもありますから、照明計画上からも、もっとも神経を使って、材料決めをすべきでしょう。

 次に床です.和室でしたら多くは畳でしょう。
畳については別に考察していますから、ここでは詳論しませんが、畳は優れた床材です。
畳の表はそうたくさんは種類がありませんが、畳の縁には注意をはらいたいものです。
間違っても、キンキラキンはいけません。

 畳の縁をわざと目立せる効果をねらっているならともかく、普通は茶の木綿、しかも無地がよいようです。
そして、室の大きさによって、縁の太さを調節することも忘れずにしたいところです。
靴をぬいで生活する日本の住宅では、たとえ洋間であっても、畳の床とするのは何の問題もないはずですが、ここでは論及しません。

 建具は本来、壁と一緒にあつかうべきでしょう。
建具は襖を含めると実にさまざまな表情があります。板、紙、ガラス、ステンレス、アルミニュウム等々材料も多種類にわたって使用されています。
壁や床にくらべると面積が狭いため、高価な材料も使用できます。
ここでも原則は、光をうまく乱反射させる材料を選ぶことが肝心です。

 小さな面積ならガラスもよいものですが、できれば直接限にふれないように使用します。
というのは、ガラスは硬質で光を上手に乱反射せず、一様に反射してしまうからです。
総じて真っ平らというものは避けたほうが賢明です。
襖に張られる紙も、ペッタリした感じのものはさけます。
うまく漉かれた和紙は平滑なようでいて、実はケバ立ちがあり、それが光を粒で受けとめてくれて、柔かい雰囲気を作ってくれます。

 次は天井なのですが、天井は光の演出にはほとんど関係ありません。
起きて生活している時は、天井を気にすることはありません。
天井をみるのは、布団に入って寝入るまでの間だけといってもよいでしょう。
ですから、極端な場合には、天井はただ黒く塗ってしまうだけでよいことすらあります。

 ここでやっと、光源の話ができるところまでたどりつきました。
しかし、光の演出は、実はここまでその半分以上を終えています。
直接光を見るのではないのにかかわらず、照明器具それ自体に話をもっていきやすい傾向があります。
照明器具のデザインもたいせつですが、それとても、室全体のなかで考えられることです。

 建具だけが単独で語られることがないのと同様、照明器具だけをとりだして云々するのは、やはり間違いだと思います。
光源となる照明器具は、室のなかで必要に応じて設定するだけのことです。
むしろ、照明器具に人びとの注意が行ってしまうのは、器具のデザイン過剰ではないでしょうか。
光が照らすのはまず人間です。
照明は、室のなかの人と人とがとり結ぶ関係を支える裏方でよいのです。

 一般には、基本照明はなるべく広い光源がよいでしょう。
顔の真下から、光をだすのは避けるべきでしょうが、それ以外でしたら、どこから光を発してもかまいません。
壁の下のほうをぐるりとくりぬいて、蛍光灯を埋込んでもかまいませんし、天井に埋めこんでもかまいません。
そして、光を通す不透明なもので蓋をします。

 もっと予算があれば、天井なり壁なりを、一度30センチばかり刳り抜いて持ち上げます。
そして、その面へ光をぶつけます。その反射光を使うわけです。
間接照明と呼ばれるこの方法は、やわらかい光が得られます。
しかし、同時に反射させる面の仕上げがとくにたいせつで、うまく散乱させて、光の方向性を消す努力が必要です。

 もう一度くり返しますが、光の演出にはまず室内の仕上げや色・質感が一番大切なのであって、それを欠いて光源や器具だけを問題にしてもまったく無意味だと、匠研究室は主張します。

 前述のごとく、光の演出は闇の演出と同じことですから、スイッチも「入」と「切」だけでは困ります。
最近は蛍光灯にも調光スイッチという明るさを調節できるスイッチがありますから、これは是非とも採用すべきです。
ほんの少しだけ明りが欲しい時もありますし、何人かで書類を広ろげるという場合も想定しておく必要はあります。

 ですから、基本照明には、明から暗まで自由に調節できるスイッチが必要です。
そして、室内全体を照らす基本照明を絞って暗くすると、暗いなかでスタンド、ペンダント、ロ−ソクなどの補助照明が、最高に有効性を発揮します。

 もっと予算があれば、基本照明は蛍光灯だけではなく、白熱灯をも組み込んでおくとよいでしょう。
冬はやはり暖かさが欲しい時もあります。
白熱灯の光は暖か味を感じさせますし、時には気分転換にもよいものです。
照明は新設時にお金がかかりますが、あとはつけさえしなければ無料です。
蛍光灯と白熱灯の両方を備えることは、けっして無駄ではないと思います。

 光と闇は、私たちがもうすっかり飼いならしたと思っていても、今日の夜が人工照明のおかげで明るくなり、逆に光の演出を見失っている昨今です。
明るくしすぎたために、美しいものを見る目がなくなっているのではないでしょうか。
 
 逆説的な言い方ですが、美しいものも本来的に美しいのではなく、人間が美しいと感じる、つまり美しいと想像するから美しいのです。
美しいものをより美しくみせるには、影が必要です。
闇が必要です。
みえない影が、みる人により美しくみせる想像を強いてきます。


「タクミ ホームズ」も参照下さい

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