考える家  : 気配の住宅論

目 次

 1.敷 地  2. 玄 関  3.光と闇  4. 柱と壁  5.建 具
 6.天 井  7.ト イ レ  8.浴 室  9. 厨 房 10 畳と床
11.居 間 12.個 室 13.設 備 14.外 観 15.あとがき

4. 柱と壁    その4

 最近の住宅では、壁に遮音性能が高いことを、要求するようです。
かつてはどうだったのでしょう。
実は、壁は音をとおすものだと考えられていたと、私は想像します。
障子に眼あり、壁に耳ありという言葉が意味するのは、壁は音をとおすから注意して話せという警句でしょう。
事実、壁はただ柱と柱の問に、柱よりも薄くかけられていたのですから、遮音性能を要求するほうが無理でした。

 視線をさえ遮ればことたりた私たちの壁は、音を通してしまっても存在意義があったのでしょうか。
音もかなり神経にさわるものです。ピアノ殺人事件などでもわかるように、音も暴力的な働きをすることもあります。
クーラーの騒音、車の防音などなど、私たちが遠ざけたいと思っている音はたくさんあります。

 しかし、私たちが嫌う音は、単に音と呼ぶだけではなく、騒音と呼ばれることに注意して下さい。
人によっては、ある種のスポーツカーのエンジン音は、心地よい音にきこえるかも知れません。
そうした人にとっては、エンジン音はけっして騒音ではありえません。

 考えてみると、人の声や虫の声、雨の音などの自然音はずっと昔からあったのに対して、クーラーや車の音は、最近になって登場してきたことに気付きます。
夏の蝉は、蝉時雨という言葉があるほどに、うるさいものですが、自動車のエンジン音よりは多くの人びとに、許容されているようです。

 一部の人には許容されるかも知れないけれど、普通は騒音と呼ばれるのは、機械音=人工音であることが多いようです。
かつては、自然の音はあっても、機械音はそうたくさんはありませんでした。
むしろ、遮音がとりざたされるようになった背景には、横械音が増えたという事実があります。
私たちの耳は、横械音にはどうしても不快感をもってしまいます。

 一部の人には心地よくても、他の人には不快な音(ピアノなどの楽器音は快適に聴えるはずだというのは、ピアノ愛好者の独断にすぎず、ピアノという機械がだす機械音である。
ピアノによって実現される音楽が、人に快感を与えるのは、人間の意思的操作によるからである)は、やはり遮断すべきだというのは、自然のなりゆきです。
多くの人が快と感じる虫の声は、遮断しようとは考えませんでしたから。

 壁の材料や構造からも壁に遮音性能はなく、人びとも聞きたくない音が少なかったとすれば、遮音ということが問題にならなかった。
ところが、最近になって、聞くに耐え得ない音が、つまり肉体的、精神的に疲労する種類の音が、たくさん発生してきたため、遮音という問題が発生してきました。
室をとり囲むのは柱ではなく、壁ですから、壁に遮音を期待するようになった次第です。

 私性=プライバシーと呼ばれる考え方が、日本に入ってきて、私たちも自分のプライバシーは守りたいと考えるようになりました。
プライバシーとは何か、とはじめると長くなってしまいますが、少なくとも、他人からは見られたくないもののようです。

 家庭内でプライバシーを云々できるかは、少し疑問の残るところですが、現代では家庭内でも、個人の領域として、閉された部分が要求されています。
夫婦の夜の生活が、大胆になってきたせいからかも知れませんが、とくに夫婦の寝室は個室であることが絶対条件になっています。

 寝室は視線だけではなく、音も遮断するのは当然です。
開きたくない音が、寝室に侵入してくるのは、快適な安眠を防げるもとです。
ところが、遮音だけなら、壁で音を遮断しなくてもよいのです。
プライバシーの問題として、遮音を考えるのであれば、室と室の間に押入れをはさむとかすれば解決できます。

 石造の建物は、その構造上必然的に壁が高い遮音性能をもっていますが、それも石という属性に随伴的なものとしてです。
石造の建物でも、上下階は音を遮断するのが難しいため、彼らはカーペットといぅ床材を使用して、足音を消す努力をしています。
しかし、それでも、トイレのパイプを伝って下に音がもれるため、ヨーロッパのアパート生活者は、深夜には使用後の水洗トイレも流さないで、翌朝になって流すという気配りをしています。

 私たちは、遮音性能を満たすためだけに、壁の厚さを40センチにすると考えるでしょうか。
壁厚を40センチにすると、建物のなかで壁の占める量は膨大になり、家作りが空間を作るのだか、壁を作るのだかわからなくなってしまいます。
(石造の家は40センチ以上の壁厚である)
そんな設計をしたら、匠研究室はたちまち顧客を失うでしょう。

 けれども、15センチ角の柱(五寸柱)を使うと、たいていの建築主は好感をもつはずです。
もちろん、現代住宅にはそんな不必要な太い柱は使用せず、10.5センチかせいぜい12センチの柱を使用しますが、私たちは厚い壁よりも、太い柱に何とはない安心感をもちます。

 床柱という構造的には何の意味もない柱に、特別な思い入れをして、変形柱を使用するのも、柱に何かを意味づけることの表われです。
そう考えてくると、柱にはたくさんの種類(材料や仕上げ方)があるのに対して、壁は割合に少ない仕上げ方しかないことにも得心がいきます。

 日本の壁が一見丈夫そうにみえても、必ずしもそうではなく、私たちの気持ちも柱を頼りにしがちなことは、これでわかって頂けたと思います。
しかし、木造の住宅であっても、壁に構造耐力をもたせると、大変に効率がよくなりますから、これからは壁にもおおいに関心が注がれていくでしょう。


「タクミ ホームズ」も参照下さい

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