アナログとデジタルの融合
by  匠 雅音   2000年1月〜12月

JICPAジャーナル(編集:日本公認会計士協会)第一法規出版に連載したものです。


目      次
第1回 焼き物の世界 アナログとは?デジタルとは? 連続か 不連続か
第2回 デジタルの歴史 錬金術が開いた世界 デジタルが近代を開いた
第3回 ハードウェアとソフトウェア コンピューターとは何か コンピューターは電脳か
第4回 0 と1 のデジタルな理解 デジタルな理解 0と1の世界
第5回 断続的なデジタル すべては点へ 極限的現実とは
第6回 人工知能 右脳と左脳 思考とは手順か
第7回 デジタルの恩恵 わかったこと 無限量から質へ
第8回 肉体と頭脳 腕力の無化 仕事と余暇的運動
第9回 デジタルな年齢秩序 体験の農業社会 年齢秩序のフラット化
第10回 デジタルな制御 アナログな制御 断絶的連続の成立
第11回 情報社会の家族 アナログ時代の家族 デジタル時代の家族
第12回 互いに補完的な関係 工業社会は首の時代 デジタルを支えるアナログ

第10回   デジタルな制御 

  農業が主な産業だったアナログ時代、自然の掟に従うことが人間の生きる術でした。
やがて、人間は自然に働きかけて、人間の意志や希望 を実現させる技術を生みだし、自然を加工することを知ります。
それは産業革命という工業社会の幕開けでした。
と同時に、それは連続的発想から断絶的発想へ、つまりアナログからデジタルへの転換でもありました。


アナログな制御

 アナログ時代には、離れた所にある物を、自分の意のままに動かすことは難しいことでした。
たとえば、自宅から水車の動きを調節することはできません。
人間が水車小屋に行って、水の流量や杵の重さを調節しなければ、水車の動きは加減できませんでした。
また水力や風力以外に動力といえば、牛馬か人力でしたから、物を運ぶのにもすべて人間が、直接的にかかわる必要がありました。

 1781年、産業革命によって蒸気機関が生まれ、鉄道が登場してくると事情は変わりました。
水まかせ風まかせの帆船ではなく、人間の作った線路によって、どこへでも大量の物を運べるようになりました。
ここで物と人間の関わりが間接的になり、人間と物の距離が離れてきました。
ところで、 物を積んだ貨車は、行き先別に編成される必要があります。
列車や貨車の行き先を分けるのは、操車場のポイントと呼ばれる分岐点です。


 アナログ時代の鉄道では、ポイントの近くに係りの人が立ち、行き先に従ってポイントを人力で切りかえました。
やがてポイントの切り替えは、操車場の監視室から遠隔操作されるようになります。
監視室には人の背丈ほどもある大きなレバーが立ち並び、男性の駅員が全身の力をこめて操作しました。
レバーの先には鉄のパイプが取り付き、梃子の原理などを使って、レバーの操作が操車場のポイントまで次々と伝達されました。
これにより離れた場所へと力を伝え、目的とした仕事を完成させることが可能になりましたが、この時代には力と人間の意志は分離していませんでした。

断絶的連続の成立

 ジェイムス・ワットによる蒸気機関の発明から約百年後、耳の遠い児童への教育のかたわら、1875年にグラハム・ベルが電話を発明します。
電話の発明は遠く離れたものへ、人間の意志を作用させる最初の機械的な仕組みでした。
電話の原理によって、遠隔地へ人間の意志を伝えるという概念が芽ばえたのですが、離れて制御するのが大きく開花するのは、デジタルの登場を待たねばなりませんでした。

 アナログ時代の操車場では、棒やワイヤーによって力を伝達したので、力の出発点と到達点つまり作用点は、繋がっている必要がありまし た。
ところがデジタルな世界では、作用としての力と仕事をさせる意志は分離します。
デジタルな世界では、人間の意志や命令を、その出発点で 0 か 1 の数字に置きかえます。
そして、0 と 1 で構成された情報=意志を電気的な ON や OFF にかえ、電線や無線を通して力の効力が発揮されるべき場所へ運びます。

 情報の到達点で 0 と 1 の数字を読みだして、力に戻してやれば期待した仕事が実現されます。
宇宙空間を航行するロケットで、それは壮大に実証されています。
鉄道のポイントも同様です。
いまや線路の脇には、力を伝達する棒やワイヤーはありません。
監視室からのデジタル信号が、ポイントの近 くで力に変換されてポイントを動かしています。
人力による手動制御やアナログの自動制御をへて、コンピューターを使って 0 と 1 の数値で制御する NC=Numerical Controlと呼ばれる数値制御が登場しました。

 0 と 1 という断絶した数の連なりが、自然を細断しながら、同時に離れたものを結びつけます。
断絶させることによって連続するデジタルな社会の始まりです。
デジタルな世界では、人間の意志と力の作用点が完全に離れても、決して断絶してはいません。
アナログ時代のレバー操作には、それなりの腕力が必要でしたが、デジタル信号を送るのには小さなスイッチを押すだけです。
誰にでもできるスイッチの操作が、人間の意思を伝達し、人間と離れた物を結びつけます。

 自然を断絶的連続ととらえ、力=仕事と意志=情報を分離して考えることによって、腕力が不要になりました。
人間の体がアナログであることは、古今東西にわたって不変でありながら、デジタルな視点を使うことによって老若男女の誰でもが、自分の能力を発揮できる時代が来ようとしています。


第11回 情報社会の家族へ進む