アナログとデジタルの融合
by  匠 雅音   2000年1月〜12月

JICPAジャーナル(編集:日本公認会計士協会)第一法規出版に連載したものです。


目      次
第1回 焼き物の世界 アナログとは?デジタルとは? 連続か 不連続か
第2回 デジタルの歴史 錬金術が開いた世界 デジタルが近代を開いた
第3回 ハードウェアとソフトウェア コンピューターとは何か コンピューターは電脳か
第4回 0 と1 のデジタルな理解 デジタルな理解 0と1の世界
第5回 断続的なデジタル すべては点へ 極限的現実とは
第6回 人工知能 右脳と左脳 思考とは手順か
第7回 デジタルの恩恵 わかったこと 無限量から質へ
第8回 肉体と頭脳 腕力の無化 仕事と余暇的運動
第9回 デジタルな年齢秩序 体験の農業社会 年齢秩序のフラット化
第10回 デジタルな制御 アナログな制御 断絶的連続の成立
第11回 情報社会の家族 アナログ時代の家族 デジタル時代の家族
第12回 互いに補完的な関係 工業社会は首の時代 デジタルを支えるアナログ

第2回   デジタルの歴史 

 大昔から、焼き物は作られてきました。
炎の色で窯の温度をおしはかり、太陽の位置で時刻を知っていたのが、大昔の人々です。
ところ で、今でも炎の色で温度をみているのでしょうか。
現在では、温度計を使っているに違いありません。
では時間は、どうやって計っているのでしょうか。
これも 時計を使っているでしょう。


 水銀の伸びぐあいで温度を示し、針で時刻をさしたとしても、数字で表すという意味では、温度計や時計はデジタルなものです。
デジタルとは数字だとすれば、デジタル的思考はいつ頃生まれたのでしょうか。


錬金術が開いた世界

 最近では金の相場が下がっていますが、長いあいだ黄金色の金は豊かな財産の象徴でした。
鉄や鉛などから金や銀などが造れたら、どんな に良いだろうか。
金や銀がたやすく手に入ったら、大した価値はないにもかかわらず、誰でもがそう考えたに違いありません。
貴金属へのあこがれが、錬金術を うみだしたのでしょう。
錬金術ときくと、手品か魔術のような気がして、およそ科学とはほど遠い感じがします。
しかし、万有引力の発見者であり、英国王立学 会の会員だったアイザック・ニュートンも、錬金術師であったと知ったらどうでしょう。
きっと錬金術を見直すに違いありません。


 錬金術では、可能性のありそうな組み合わせを、すべて試してみることが不可欠でした。
成分や分量そして条件を少しずつ変えて、何度も 試してみる。
それには、カンにもとづく目分量ではなく、精確に計量された数値が必要でした。
無限の繰り返しを、人間の頭がすべて記憶するのは不可能です。
きちっと材料を計り、混ぜ、加熱し、抽出し…こうした過程は、膨大でしかも正確な数字で管理されました。
今日でこそ錬金術は、誰も見向きもしませんが、天文学と並んで錬金術こそ、近代の科学を生みだす揺り籠でした。

 
 1687年に完成したニュートンの「プリンキ ピア」の正式な題名が、「自然哲学の数学的原理」だと知ったら驚きませんか?
「われ思うゆえに、われ在り」で有名なデカルトも、哲学者であると同時に数学者でした。
1781年に「純粋理性批判」を書いたエマニュエル・カントは、哲学者として有名です。
しかし、彼には「天界の一般自然史と理論」という著作があり、若い頃は数学と物理学の研究者だったことを、知る人は少ないでしょう。

 錬金術が隆盛を極めた時代に、数字を積み重ねて結論に至ろうとしたことは、明らかにここでデジタル的思考が生まれています。
産業革命が始まるずっと前、つまり近代がやっと胎動を始めた頃に、デジタル的思考も産声を上げたと言って良いでしょう。

デジタルが近代を開いた

 1760年頃から1830年頃にかけて、イギリスにおける紡績機械の改良に端を発し、経済・社会組織が飛躍的な変革をとげたのを、産業革命と呼ぶのは周知の通りです。
何の前触れもなく産業革命が実現したのではなく、そこに至るにはさまざまな発見や発明が先行しています。
まず、時間を数字で表す機械式の時計が普及するのは、1700年頃です。
時計の普及で、変化の過程を数値化する規準ができました。
そして、酸素が発見されて、物が燃える 原理がわかるのは、1700年代の後半です。
ここで成分の数値化が始まります。
今日では、焼き物を化学変化ととらえ、酸化還元の過程だと考えますが、その 萌芽はこの時に生まれています。

 その後、自然や環境のなかに規則性を見つけ、今日につながる科学の法則が大量に生まれます。
これらの多くは、神の御手にあった自然を 細分化し、対象の変化を数値で表したものです。
ですから、世の中に起きる現象を細かく分析し、それを数値化し、そのなかに規則性を捜すという作業が、近代 の工業社会を開いたと言っても過言ではありません。
もちろん、この時代の数値化は幼稚で、とても人間のカンにはかないませんでしたから、アナログかデジタ ルかと言った話題が、人の口に上ることはありませんでした。

 近代的工業が実現した世界は、それまでの農業を中心とした社会とは違って、圧倒的な力を持っていました。
ですから、近代において新たな発想が芽ばえたという意味で、デジタル的思考が生まれたとも言えるし、デジタル的思考が近代を切り開いたとも言えるでしょう。
デカルト、パスカル、 ニュートンと言った近代に先立つ偉人たちが、哲学者であると同時に数学者でもあったように、近代こそデジタルなる数字と数値的思考の揺籃期でした。


第3回 ハードウェアとソフトウェアへ進む