アナログとデジタルの融合
by  匠 雅音   2000年1月〜12月

JICPAジャーナル(編集:日本公認会計士協会)第一法規出版に連載したものです。


目      次
第1回 焼き物の世界 アナログとは?デジタルとは? 連続か 不連続か
第2回 デジタルの歴史 錬金術が開いた世界 デジタルが近代を開いた
第3回 ハードウェアとソフトウェア コンピューターとは何か コンピューターは電脳か
第4回 0 と1 のデジタルな理解 デジタルな理解 0と1の世界
第5回 断続的なデジタル すべては点へ 極限的現実とは
第6回 人工知能 右脳と左脳 思考とは手順か
第7回 デジタルの恩恵 わかったこと 無限量から質へ
第8回 肉体と頭脳 腕力の無化 仕事と余暇的運動
第9回 デジタルな年齢秩序 体験の農業社会 年齢秩序のフラット化
第10回 デジタルな制御 アナログな制御 断絶的連続の成立
第11回 情報社会の家族 アナログ時代の家族 デジタル時代の家族
第12回 互いに補完的な関係 工業社会は首の時代 デジタルを支えるアナログ

第7回   デジタルの恩恵 

 今や、職場や家庭にコンピューターが入り込み、デジタルな世界は随分と身近になりました。
ところで、デジタルな世界の広がりは、我々の生活に何をもたらしたのでしょうか。
そして、コンピューターはどのようにして、現実を解くのかを検討してみましょう。


わかったこと

 空を飛べないはずの人間が空を飛んだり、遠い場所の様子をテレビが知らせてくれたり、私たちは近代文明の恩恵に浴しています。
ではこれらは、コンピューターがなければ、実現が不可能なのでしょうか。
一部はそうだとも言えます。


 しかし、近代の産物の多くは、コンピューターの登場以前に、その姿を現しています。
たとえば、1885年にはダイムラーとベンツによって自動車が生まれていますし、1903年にはライト兄弟によって飛行機が飛んでいます。
また宇宙ロケットの原型は、第2時大戦中にドイツがイギリスへ飛ばしたVミサイルでしょう。
そして、1929年にはイギリスで、テレビの実験放送が始まっています。

 ライト兄弟の飛行機とジャンボ・ジェットの間には、本質的な違いがあるのでしょうか。
空気の流れが生みだす揚力が、翼を引き揚げて空を飛ぶということに限っては、本質的な違いはないでしょう。
空を飛ぶ原理がわかってしまえば、あとはその精緻化が待っているだけです。
精緻化によって、その原理が安価に実現できるようになり、多くの人がその恩恵にあずかれるようになりました。

 アルバート・アインシュタインが一般相対性理論を発見したのは、1915〜16年にかけてです。
デジタルが近代を開いたと前述しましたが、近代的な発明の多くはコンピューターの登場以前に生まれています。
つまり、自然の秩序の大枠は、コンピューターの登場以前にほぼ知られていたと言えます。
ではコンピューターの果たした役割は何かと言えば、それはより精緻に、より細かく、より早くといった、量的な意味における一層の高度化でした。
ジャ ンボ機を安全に飛行させるには、コンピューターが必要ですし、数分間隔で離発着する飛行機を管制するにも、コンピューターは不可欠です。

無限量から質へ

 コンピューターがなかった頃、自然の仕組みを探求することは、頭のなかで想像することでした。
想像しては現実に似せた模型をつくり、それをもとに想像します。
そして、また想像し、模型をつくって実験することを、繰り返してきました。
観察と実験にもとづいた想像のなかから、近代の科学は生まれた、と言っても過言ではありません。
そして、頭のなかでの想像のなかから、近代の科学は自然の規則性を、たくさん発見してきました。


 自然の規則性は、さまざまな条件がそろった時には、必ず同じ現象を示します。
しかし、たくさんの条件を複雑に仮定して考えることは、 大変に難しいことです。
たとえば、大きな力がかかると、建築物が壊れることは誰でも知っていますが、どんな力がどうかかると壊れるかは判りません。
地盤の状態や建物の構造など、多くの条件を設定しなければ、精確な結論はだせません。
模型を壊して実験をしてもいいのですが、違った条件で何度も実験するには、無数に模型を作る必要があります。
それには膨大な時間と労力がかかり、現実的な話ではありません。


 そこでコンピューターです。
仮想の建築をコンピューターのなかに想定し、仮定する条件をさまざまに設定します。
模型の製作には限界がありますが、コンピューターでは何度でも、いかようにでも条件を設定できます。
条件を変えて何度も何度も仮想の実験を繰り返すことによって、規則性の理論 は現実にすこしづつ肉薄していきます。
条件を変えての繰り返しによる仮想の実験、これがコンピューターの大きな役割です。


 コンピューターの処理能力が高くなれば、条件もいっそう複雑に設定できます。
より細かく条件が設定できれば、そこから生まれる規則性への信頼は、より高くなります。
デジタルな世界での仮想現実の実験が、現実世界の規則性を教えてくれ、コンピューターのする膨大な量の繰り返しが、規則性への信頼性を飛躍的に向上させます。
人間の頭が想像した自然の規則性を、デジタルな仮想世界において、無限回にわたって実験し確認することによって、その 正当性を確かなものとする。
想像によって生まれた理論の検証にあって、無限量の質への転換、これがコンピュータの恩恵ではないでしょうか。

第8回 肉体と頭脳へ進む