遡及的想像力−ポルノグラフィをめぐって
2002.9.10

目  次 続・遡及的想像力
1.はじめに 1.静止画ポルノから動画ポルノへ
2.差別と解放の意味するもの 2.動画ポルノの表現する性交
3.ポルノグラフィの定義 3.男女の性的快感の違い
4.フェミニズムとポルノグラフィ 4.継続的と瞬間的な
5.和製フェミニズムとポルノグラフィ 5.男性の肉体の裏切り
6.女性の性的積極性と自由 6.男性は性的快感を観念でおぎなう
7.ポルノグラフィの解放 7.充実した性交を

1.はじめに

 人間が神のもとで、自然のなかに暮らしていた頃、思考は現実という緑の世界から離れることはなかった。
リンゴはいつも赤くて丸いものであり、黒いリンゴなど語彙矛盾であり、想像もつかなかった。

 社会的な生き物である人間は、その時代やその社会からの存在被拘束をうける。
その社会にあるリンゴが赤くて丸ければ、人は黒くて四角いリンゴを想像するのは難しい。
しかし、機械言語の登場が事情を変えた。
デジタルな思考の登場は、現実と思考の距離を人間に自覚させた。
思考は必ずしも現実そのものではない。
思考は現実から組み立てられるが、やがて現実をはなれて、思考だけの世界を作っていく。
そして、反対に思考の枠組みが、現実を理解する鍵になる。

 当該社会にある種のバイアスがかかっていれば、人間の思考にも同じバイアスがかかりやすい。
本論では男女の意識が鋭角的に対立するとされる、性意識なかでもポルノグラフィ(以降、ポルノと略記する)について論じたい。
なお、フェミニズムは猥褻だからポルノに反対しているわけではなく、女性差別の象徴だから反対している。
本論はポルノが猥褻云々には論及しない。

 人間は性を謳歌できる生き物であり、それはフェミニズムも了解していると考えるから、本論においては法律的な猥褻論は論外なのである。

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