コンピュータなるもの
川崎八重子 & 匠 雅音

目  次
はじめに 1.コンピュータ前夜 2.錬金術を見なおす
3.アナログとデジタル 4.カンの数値化と数表 5.デジタルが近代を開いた
6.コンピュータの誕生をめぐって 7.コンピュータ・アーキテクチャー 8.ハードウェアとソフトウェア
9.すべてを点として理解する 10.ONとOFFの世界 11.パソコンの誕生と普及
12.インターネットの登場 参考文献

11.パソコンの誕生と普及
 大型コンピュータの誕生をもって、コンピュータ時代の幕開けというにはいささか抵抗がある。
メインフレームと呼ばれた大型コンピュータは、1棟の建物ほどもある巨大な機械だったし、その扱いには専門的な知識が要求された。
1960年代まで、コンピュータといえば膨大な数の真空管を使ったものだった。
もちろん値段も非常に高価で、個人がコンピュータを所有することは考えることもできなかった。
しかも、大型コンピュータは多くの端末を従えたピラミッド型のシステムで、閉じられた系のなかで信号が行き来するため、限られた分野でのみ使われ、市井の生活には無縁のものだった。

 コンピュータは論理的なものであり、多くの人々の自由な思考の産物でありながら、最初のシステムは、中央にある大型コンピュータと多数の端末というメインフレームで誕生した。
しかし、メインフレームの大型コンピュータは限られた人々が使うのにはよかったが、情報が開放的ではなく制約の多い形態だった。
知への欲求や自由の獲得が、禁断の実を食べた人間の本質的な欲求だとすれば、パーソナルなコンピュータの普及は時間の問題だった。
ワークステーション という形でコンピュータの小型化が始まる。

 トランジスタや IC 、LSI の発明により、コンピュータの小型化・高速化がすすみ、消費電力の低下や発熱の問題も解消されて、コンピュータの使用環境に画期的な変化が起きるようになる。
パーソナル・コンピュータ、俗にパソコンと呼ばれる個人用のコンピュータが登場するに及んで、コンピュータ事情は一変した。
安価ではあってもパソコンは立派なコンピュータで、一昔前の大型コンピュータに匹敵する能力を持っている。
1977年にはアップル社から<アップルU>が売り出され、マニアではなくてもパソコンが扱えるようになった。

 パソコンの内部も大型コンピュータと同様に電子回路で構成されている。
しかし、電子回路のなかを断続的に流れる信号こそデジタルと呼ぶべきで、プログラムに代表される数字に基づいた論理的な思考こそ、デジタルな思考といってもよいだろう。
物体としてのコンピュータは塊でありアナログ的存在である。
コンピュータの心臓部たるCPUは、プログラムによって制御されると前述した。
その後パソコンにも、プログラムとCPUやメモリのあいだを仲立ちする MS-DOS やWindows ・Mac-OS といったオペレーション・システム(=OS)が生まれた。
ここで長い年月かかって構築されたデジタルつまりコンピュータの世界、言い換えると数字でものを考える世界が、やっと身近になってきたのである。

12.インターネットの登場
 中央に大きなメインフレームを集中し、巨大な装置を一極に集めることは、効率がよいように感じるかも知れないが、一度事故が起きると全体的に回復が不可能になってしまう。
例えば、核戦争によって大きな都市が破壊されても、情報が分散されおり通信網がネットワーク状に伸びていれば、破壊された部分にかかわりなく全体は生き延びることができる。
こうした発想が、1960年代の冷戦の最中に生まれてきた。
1964年、ポール・バラン は「分散型通信について」という報告書を、アメリカ国防省に提出した。
その後、国防省傘下の高等研究企画庁が中心になって、各大学などにあるコンピュータを通信回線で結ぶ作業が始まる。
これが ARPANET と呼ばれ、インターネットの基礎になった。

 各々のコンピュータは、それぞれに独自の仕様や規格に基づいており、簡単に接続できるものではない。
しかし、中央のコンピュータが情報を独占し続けることは、進歩を遅らせることである。
誰でもが情報に近づき、誰でもが情報を扱えることこそ、より早く大きな発展とその果実を入手する王道である。
通信の仕様であるプロトコルが、TCP/IP へと共通化され、各コンピュータが結合できるようになった。
そのため、インターネットという巨大なコンピュータのネットワークが誕生した。

 インターネットにあっては、中央の大型コンピュータはサーバーつまり奉仕者と呼ばれ、端末はぶら下がる存在をやめクライアントつまり顧客として自立する。
端末の自立とは、中央と端末のあいだに上下関係がなくなり、すべてのコンピュータが横並びになることである。
コンピュータの普及は、中央統制的な権威の構造を崩壊させる。
ネットワーク社会では、人々は管理されるのを嫌って、個人の世界を構築する。
コンピュータを高速通信回線で結んだインターネットが象徴するのは、封建時代にあったような人間の上下関係が崩れ、すべての人が無限に横並びとなった世界である。

 地球上の各地で生まれた数字を基礎にして思考するデジタルな発想が、ギリシャやインド・アラビアなどを孵化器としながら、ニュートンなどへと引き継がれてきた。
そして、近代にはいるとおびただしい数の人間が数字的発想を身につけ、今日につながるコンピュータを作ってきた。

 いまインターネットという形で、私たちはたやすくその成果を体験することができる。
今後はコンピュータを使わない研究はなくなっていくだろう。
文字が思考支援の道具でもあるのと同じように、数的に思考を支援する道具としてもコンピュータは優れたものである。
コンピュータとは関係ないと思われる分野などにも、これから様々な使い方が開拓されていくであろう。
                       −了−

参考文献
1. 赤間世紀「コンピュータ時代の基礎知識」コロナ社 1998
2. 星野力「誰がどうやってコンピュータを創ったのか」共立出版 1995
3. 立花隆、南谷崇、橋本毅彦、児玉文雄、安田浩「新世紀デジタル講義」新潮社 2000
4. 公文俊平「情報文明論」NTT出版 1994
5. ロジャー・ペンローズ「皇帝の新しい心」みすず書房 1994
6. 匠雅音「アナログとデジタルの融合」JICPAジャーナル 2000.1〜12号
7. オットー・マオヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社 1997
8. ガレス・ロバーツ「錬金術大全」東洋書林 1999
9. 吉田稔、飯島忠編集代表「話題源数学」下 とうほう出版 1999
10.ダニエル・ヒリス「思考する機械 コンピュータ」草思社 2000

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