ブチ切れる老人たち-崩壊する年齢秩序への戸惑いと処方箋
    匠 雅音著 2013.1.25

本論は<Kindle>で上梓した<ブチ切れる老人たち>の冒頭部分です。
目  次
第1章 激増する老人犯罪  事実関係の確認   5.激情化する老人たち
  1.人殺しに走る老人たち   6.広島刑務所:尾道刑務支所の意味する世界
  2.お金や物を盗む老人たち   7.脳が萎縮するから切れるわけではない
  3.性欲の衰えない老人たち   8.むかしの老人は貧しかった
  4.すぐ暴力に訴える老人たち   9.「お年寄りは弱い存在」は本当か
第2章 いま時の老人像とは
        マスコミの伝えない老人たち
第3章 老人とは何か  
       老人たちは肉体労働に生きた?
第4章 年齢秩序の崩壊
       老人は知恵の泉だった
第5章 エイジレスな横並び社会に生きる
         切れないための対策
                 
第1章 激増する老人犯罪   事実関係の確認
  4.すぐ暴力に訴える老人たち
 老人の凶悪犯罪がふえている。それも驚くべき事実だが、老人犯罪の変化でボクがもっとも注目しているのは、暴行事件の激増である。何しろ最近の20年間で、約42倍にふえたのだ。切れて暴力をふるう事件が激増している。

 プッツンと切れて、手や足をだす老人たち。殺人など凶悪事件をおこすまでには至らないが、暴力をふるって暴行事件をおこしている老人たち。暴力に訴える老人の激増は、何を意味しているのだろうか。

 ボクは暴力に走る老人たちに、何か不気味なものを感じる。人殺しが増えているとか、強盗が激増しているとか、色狂いの老人がふえていると書いてきたが、ここまでは話の導入である。いずれも驚くべき話ではあるが、長い前書きだったのである。

 これほど凶悪事件が増えている裏には、時代に適応できない膨大な数の老人たちがいるのではないか。すぐに切れて暴力に訴える老人たちが、時代の波にもまれて呻吟しているように感じる。老人の凶悪犯罪が激増する裏には、老人たちの黒いマグマが渦巻いている、そう感じてしまうのだ。

 突然に激興したり、あたり構わずに怒声を発したりと、自分の気に入らないことに、感情を抑えることができない老人たち。そして、おもわず手をだしてしまう老人たち。老人の凶悪犯罪もふえるだろう。しかし、犯罪者とは言えないが、プッツンと切れてしまう老人こそ、今後ふえるだろう老人たちではないか。

 今後、老人は自分の感情をコントロールできなくなるのではないか。ボクは老人犯罪の激増に、激情化しやすくなった老人のメンタリティの変化を感じる。老人犯罪が増える理由は、老人の肉体構造が変わっているのではなく老人の精神構造が変わっている、そう考えるべきなのだ。

 精神構造の変化とは、最初にも書いたように「年齢秩序の崩壊」への不適応に他ならない。本論は「年齢秩序の崩壊」がもたらした横並び社会と、老人たちのあり様を考えていくことにする。

 切れる老人は、執拗に要求するクレーマーとは違う。クレーマーは金銭的な目的があったり、常識外の要求をするために、大声を出しても冷静である。しかし、切れる老人は何か物を要求するのではない。些細なことをきっかけにして、自分の感情が高じて抑えられなくなってしまう。激興して怒声を発したり暴力をふるってしまう。

 老成し円熟したはずの老人が、いとも簡単に感情を激化させてしまい、自分で自分の感情を止めることができなくなってしまう。冷静なクレーマーと違って、プッツンと切れた老人は、目的なしに一時的に激情化していく。円熟した老人イメージとは、ほど遠い激情タイプの老人たちが増えているのである。

 いままで長い前書きを書いてきた。それは老人の激情化を考える前章として、老人による凶悪犯罪の激増をあげてきた。しかし、本論は老人の犯罪激増や、犯罪撲滅を訴えたいのではない。老人犯罪の取り締まりは警察にまかせたい。

 激増する犯罪自体ではなく、簡単にプッツンしてすぐ怒声を発したり、暴力に訴える激情化する老人たちの増加こそ、ボクが本当に訴えたい問題なのだ。なぜ老人は切れるのか、それを考えてみたい。ここからが本論である。

 老人による殺人事件がふえたといっても、実数はまだまだ少ない。それに、老人が殺す相手は、子供や配偶者などの家族が多い。そして、老人の盗みが貧しさを原因とするなら、貧しさから犯罪に走る者にたいしては解決方法がある。しかし、本論が取り上げるブチキレる老人は、むしろ豊かなのである。

 新幹線で車掌に暴行した老人だって、グリーン車の乗客だった。後述する成田で逮捕された老人だって、飛行機に乗ろうとしていたのだから、けっして貧しいとはいえないだろう。新幹線のグリーン車や飛行機に乗るような、普通もしくは普通よりも裕福な老人が、プッツンと切れて腕力に訴えている。

 裕福な老人たちの心理を想像してみよう。お金も地位も手に入れた。自分は人の上に立ってきた。いままで人に指示し、指図をしてきた。皆、自分の指示に従ってきた。だから、自分の言うことは正しい。間違っているのは、言うことをきかない若者たちだ。若者は正しい自分に従うはずだと、豊かな老人たちは心の中で期待している。しかし、自分の思惑どおりに対応してくれない若者たち。

 新たな人間関係に戸惑い、自分の体験では、社会的な対応ができないいま時の老人たち。若い人たちや目下の人に対して、自分の願望が通らないと頭から言葉が消えてしまう。そして、脈絡のない恐ろしいまでの怒声を発して、思わず手がでてしまう老人たち。豊かな老人たちは、断絶を感じているに違いない。

 貧しく地位も低かった老人なら、他人に指示したり指図したりした体験も少なかっただろう。貧しい老人は間違っても、自分は偉かったとは思わないだろうから、切れることは少ないに違いない。むしろ地位も高く、豊かな老人こそ、切れる老人予備軍なのではないだろうか。

 殺人や強盗といった凶悪犯は、2008年(平成20年)まで増えつづけたが、2009年(平成21年)では若干だが減少した。それにたいして、暴行・傷害事件は、なお増えつづけている。

 この傾向を見るかぎり、老人たちが暴力に訴える性癖は、おそらく今後も増えることはあっても、減ることはないだろう。その理由は、徐々に明らかにしていくが、やがて切れる老人対策が必要になるのではないかと思う。
 老人たちは、どんなふうに切れているのだろうか。具体例を見てみよう。

以降は<Kindle版:ブチ切れる老人たち>をお読み下さい