ブチ切れる老人たち-崩壊する年齢秩序への戸惑いと処方箋
    匠 雅音著 2013.1.25

本論は<Kindle>で上梓した<ブチ切れる老人たち>の冒頭部分です。
目  次
第1章 激増する老人犯罪  事実関係の確認   5.激情化する老人たち
  1.人殺しに走る老人たち   6.広島刑務所:尾道刑務支所の意味する世界
  2.お金や物を盗む老人たち   7.脳が萎縮するから切れるわけではない
  3.性欲の衰えない老人たち   8.むかしの老人は貧しかった
  4.すぐ暴力に訴える老人たち   9.「お年寄りは弱い存在」は本当か
第2章 いま時の老人像とは
        マスコミの伝えない老人たち
第3章 老人とは何か  
       老人たちは肉体労働に生きた?
第4章 年齢秩序の崩壊
       老人は知恵の泉だった
第5章 エイジレスな横並び社会に生きる
         切れないための対策
                 
第1章 激増する老人犯罪   事実関係の確認
  2.お金や物を盗む老人たち
 老人の殺人が増加しただけではない、老人たちは盗みにも手をだしている。江戸の昔から殺し、盗み、火付けが、大罪とされてきた。だから、殺し、盗み、火付けは、市中引き回しのうえ獄門と、厳罰をもって対処されてきた。盗むことは悪いことだと、長く生きてきた老人たちこそ知っているはずである。

 盗みが増えているのは、殺人の比ではない。

 盗む犯罪には、2つのかたちがある。1つは強盗である。強盗とは財物を持っている人を脅したり暴力を使って、無理やり盗ってしまう犯罪である。江戸時代の昔から、強盗は殺人と同じく凶悪犯罪とされている。強盗は計画性や機動力、それに体力なども必要なため、老人が手を染める犯罪ではないと思われるが、いま時の老人たちは果敢に強盗を犯している。

 2008年10月11日(墨田区) 65五歳の男性が、タクシー強盗で逮捕される
 2009年 6月18日(荒川区) 66歳の男性が、女子トイレで女性に暴行し、現金を奪おうとして、強盗致傷容疑で逮捕される
 2009年 7月22日(松戸市) 67歳の男性が、万引きした女性を恐喝する
 2009年 9月 2日(奈良市)  62歳の元僧侶が、仏像を盗んで逮捕される

 衆目をひく殺人事件と違って、強盗の事例はよほど衝撃的な事件でなければ、新聞などには掲載されない。そのため、強盗の詳細が周知されることは少ない。公開される資料も少ないので、細かく事例をあげることはできない。しかしながら犯罪白書の数字では、最近の20年間で、老人が犯す強盗の件数は約13倍になっている。

 一般に、貧しさが犯罪を生むと言われている。世界を見まわしてみると、貧困地域の犯罪率は、おおむね高いのが普通である。我が国に生きる老人は貧しいのだろうか。

 我が国の金融資産の約60パーセントが、老人の所有である。総務省の調査によると、2人以上で暮らす六五歳未満の世帯が、約1、200円の貯蓄をもっているのに対して、65歳以上の世帯は、2倍近い約2、300万円の貯蓄をもっている。

 老人たちは子育ても終わっており、支出もそれほど多くない。だから、老人たちの貯蓄は、実質的には2倍以上と見るべきだろう。くわしくは後述するが、かつての老人は貧しかった。しかし、いま時の老人は、平均的にいって裕福である。

 貧しい若者が強盗を犯しても、貧しさを理由に免罪されることはない。貧しい老人だからといって、強盗をして良いと言うことにはならない。豊かな老人が、凶悪犯罪に手を染めているのだから不可解なのである。

 盗むもうひとつは、窃盗である。窃盗は、持ち主に気づかれないうちに盗んでしまう犯罪である。窃盗の典型は、住宅などに忍び込んでのコソ泥だが、万引きや自転車泥棒(占有離脱物横領の場合もある)も立派な窃盗である。

 窃盗もふえている。とくに万引きは容易くできるためか、老人たちが手をだしやすい。2008年(平成20年)には、1998年(平成10年)と比較すると、6倍の老人たちが窃盗で検挙されている。

 万引きは今まで、若者たちの犯罪といわれてきた。若者たちは、おもしろ半分に万引きしたり、道ばたに止まっている自転車を、気軽に乗ってしまったりした。若者たちの無軌道さのあらわれが、こうした犯罪だった。

 いまでは立派な大人になっている人も、中学や高校時代に本を万引きしたりして、スリルを味わったこともあったであろう。いまさら謝っても遅いが、万引きは犯罪であることを肝に銘じておこう。

 ところで、万引きは軽微な犯罪だと見られていることもあって、万引きにあっても被害届を出さないことも多い。万引きして捕まっても、謝って改心した様子を見せれば、警察に引き渡されずにすんでしまう。

 犯罪があっても、警察に被害届をださないと、犯罪統計に上がってこない。つまり犯罪があっても、犯罪はなかったことになってしまうのだ。とりわけ、犯人が老人の場合には、不憫だ可愛そうだという気持ちと、貧しい老人を哀れむ気持ちからか、警察沙汰にしないことが多い。

 とある万引きGメンは次のようにいう。

 万引きで捕まえても警察に突き出すのは、ほんの一〜二割。高齢者ということもあり、ほとんどは説諭で帰してしまう。(読売ウイークリー、2008年3月9日号)

 若者の場合には、警察に突き出さないまでも、親や学校に通報することが多い。そこで外部の人が知ることになる。しかし、犯人が老人の場合には、お説教しただけで放免してしまう。だから、老人が万引きしたことは、誰も知らないままになってしまう。

 万引きGメンの話を信じれば、老人の万引きは、公表される数字の5〜10倍ということになる。若者の凶悪化といった事実とは違った話がでることはあっても、老人の万引きのふえたことが、巷間で人の口にのぼることは少ない。

 2008年(平成20年)の犯罪白書によれば、1、372、840件の窃盗事件が認知されているが、検挙されたのは174、738人である。12.7パーセントが警察に捕まっているにすぎない。そのうえ、裁判まで進むのは、12、216人となる。

 窃盗として認知されたうち、たった0.9パーセントが裁判にかかるだけである。老人となれば、この数字はもっと小さくなる。つまり老人の万引き事件は、ほとんど裁判までいかずに、起訴猶予となってしまうのである。

 2009年(平成21年)2月19日の新聞によると、少年の刑法犯は前年比11.9パーセント減だったという。5年連続で減少している。それにたいして、老人の犯罪は年々ふえている。これは驚くべきことではないだろうか。

 かつて万引きは少年の犯罪というイメージだったが、いまでは老人の犯罪となりつつある。2000年(平成12年)に、万引きで検挙された高齢者(65歳以上)は11、651人だったが、2009年(平成21年)には27、019人と、2.3倍になっている。そのため和歌山県などでは、万引きで検挙された老人の人数が、少年の1.5倍になってしまった。ちなみに2010年に、神奈川県内で万引きで摘発された少年は、1、548人で、2006年から半分近くに減っている。

 我が国では、すべての老人に年金が行きわたっているわけではない。無年金になってしまった老人もいる。年老いて身寄りもなく無収入になって、貧乏生活を強いられている老人もいる。そのため、老人は生活が苦しくて、万引きを行っているのかと思ったが、必ずしもそうではない。

 たしかに貧しさから、老人ホーム代わりに刑務所行きを望んで、常習的に万引きをくり返す老人もいはする。しかし、それはごく少数である。万引きで捕まる老人のほとんどが、現金を持ち合わせていながら、食料品などを盗んでいる。

 警視庁の調査によると、万引きで捕まった老人に生活程度を聞くと、半分以上が「普通」もしくは「裕福」と答えたという。お金のある老人が、万引きをしているのだ。決して生活苦から万引きをしているのではない。

 どこの自治体でも、刑法犯が年々減少するなかで、老人の万引きがふえていることに頭を抱えている。自治体の担当者は、自分の親のような年齢の老人に、万引きをやめさせようと必死である。

 警視庁でも、急増する高齢者の万引きを防止しようと、社会的な支援活動にのりだした。万引きで検挙された高齢者の3分の1が、「孤独」や「生きがいのなさ」を抱えていた。そのため、社会活動への参加をうながそうと、試験的に100人を選んで、3ヶ月ごとに警察官が電話をかけることになった、という。

「3.性欲の衰えない老人たち」に進む