ブチ切れる老人たち-崩壊する年齢秩序への戸惑いと処方箋
    匠 雅音著 2013.1.25

本論は<Kindle>で上梓した<ブチ切れる老人たち>の冒頭部分です。
目  次
第1章 激増する老人犯罪  事実関係の確認   5.激情化する老人たち
  1.人殺しに走る老人たち   6.広島刑務所:尾道刑務支所の意味する世界
  2.お金や物を盗む老人たち   7.脳が萎縮するから切れるわけではない
  3.性欲の衰えない老人たち   8.むかしの老人は貧しかった
  4.すぐ暴力に訴える老人たち   9.「お年寄りは弱い存在」は本当か
第2章 いま時の老人像とは
        マスコミの伝えない老人たち
第3章 老人とは何か  
       老人たちは肉体労働に生きた?
第4章 年齢秩序の崩壊
       老人は知恵の泉だった
第5章 エイジレスな横並び社会に生きる
         切れないための対策
                 
1.はじめに
 ある日、新聞を読んでいると、ボクは衝撃的な事実にでくわした。2008年の2月のことだ。次のように書かれていた。

車掌に暴行容疑 暴れた乗客逮捕
 長野新幹線の安中榛名―高崎駅間を走行中の列車内で、五日午前、乗客の男が車掌に暴行した事件で、群馬県警高崎署は同日、暴行容疑で男を逮捕した。

 ここまでなら、ありふれた事件であろう。また若者が暴れたのかと思って、読みながすところであった。しかし、その次の行に目を移したときに、自分の目が信じられなくなった。
 
 東京都台東区の自営業(80)とみられ、同署は確認を急いでいる。

 暴行の容疑者は、なんと80歳なのである。80歳といえば、老人も老人、りっぱな老人で、後期高齢者である。新聞はグリーン車の客だったといい、暴行の動機を「車掌の態度が気に入らなかった」からだ、と供述したと伝えている。

 相手の態度が気に入らないくらいで暴力に訴えるのが、80歳の人間のやることだろうか。しかも、新幹線のなかで車掌を相手に…。この老人は認知症でもなく、いたって健康体だった、と新聞はいう。

 2008年になって還暦を迎え、老人になったばかりのボクは、大きな衝撃を受けた。そこで、新聞を調べはじめると、次々に驚くべき事実が浮かび上がってきた。
 
 成田で液体制限に怒り暴行 会社役員69歳を逮捕 2008.1.29
 隣家に嫌がらせをした女64歳に有罪 2008.1.30
 勝手に「踏切」作った男73歳逮捕 2008.2.7
 妻66歳が夫殺害を自供 2008.3.7
 殺人と殺人未遂の男71歳、自殺 2008.3.11
 三鷹で、男74歳を殺人未遂で現行犯逮捕 2008.4.4
 男性刺され死亡 近所の男71歳を逮捕 2008.7.5

 ほかにも驚くべき事件が、山のようにある。70歳の男がストーカーをしたとか、64歳の男が2人を殺害とか、相手に重傷を負わせながら67歳の女が自転車でひき逃げしたとか、61歳の元校長がわいせつ容疑で逮捕されたとか、77歳の幼稚園経営者が2歳の女の子を死亡させてひき逃げしたとか、もうきりがない。信じられない老人の犯罪がつぎつぎにあらわれてくる。

 驚くべき事実は、それだけではなかった。衝撃的な事件がマスコミをにぎわして、あたかも凶悪犯罪が激増しているように思いがちだが、犯罪全体の数は明らかに減っているのだ。

 若者の犯罪をはじめ、犯罪の認知件数も犯罪自体もともに減っている。我が国の刑法犯認知件数が、2011年(平成23年)は30年ぶりに150万件を下回った。世の中は明らかに平和に向かっているのである。しかしながら、平成21年度の犯罪白書によれば、老人のおこす犯罪は、ここ20年のあいだに、殺人で約4倍、強盗で約13倍、暴行で約42倍にふえた。

 老人人口の増加を勘案しても、老人の犯罪は異常な増え方である。刑務所は老人たちであふれているという。若者たちが平和愛好者になっているにもかかわらず、老人たちは暴力に訴えやすくなっている。

 年齢を重ねると、精神的に成熟して人格が練れてきて、りっぱな人間になるはずだったのではないか。短絡的で、暴力に訴えやすいのは、若者たちではなかったのか。今でも若者の暴力性は、マスコミが好んで取り上げる。しかし、実態は逆なのだ。

 若者の犯罪が減っただけではない。最近の若者はマナーがいい。誰にも強制されないのに、公衆トイレの前でもきちんと並ぶ。割り込んだりする若者はいない。ゴミ拾いなどのボランティア活動にも、若者はすすんで参加する。飲み過ぎて、トラ箱のお世話になる若者もいない。老人と若者とが、逆転してしまったかのようだ。

 ボクは2008年に老人になった。気力・体力の衰えを感じる。小便の切れも悪くなったし、もう明らかな老人である。しかし、こうした老人犯罪の記事を見て、自分の行く末を考えると、暗澹たる気分になった。いったい何が変わったのだろうか。老人たちに何がおきたのか。

 なにが老人を切れやすくし、暴力へと追い込むのか。ボクも加齢と共に切れやすくなり、暴力的になっていくのだろうか。いままでその理由が論じられることはなかった。だから処方箋もなかった。しかし、切れやすくなった理由がわかれば、対処方法もわかるし処方箋をだすこともできる。だから、切れやすくなった理由を、是非とも解明しなければならない。

 老人が切れやすくなり、暴力的になる理由を考えたとき、そこで浮かび上がってきたことは、<年齢秩序が崩壊し始めている>ということだった。高齢者が上で、若年者が下という年齢秩序がくずれ、人間が横ならびになっている。情報社会というフラットな社会がきている。老人は横ならびの人間関係に対応できないから、切れて暴力に訴えるのではないか。そう考えると、激増する老人犯罪も説明ができる、と思えてきた。

 老人といえども、犯罪に手を染めるのは許されない。ボクをふくめて、これからの老人たちが切れないために、時代への対処方法を考えてみよう。

 注1.いままで〈還暦〉が老人への区切りだったので、本論では原則として老人を60歳以上とする。ただし、資料の関係で、65歳以上を老人(高齢者)という場合もある。
 注2.本論は2010〜11年にかけて書いたので、2013年からでは年齢が合わない部分があるが、論旨には関係ないので訂正しなかった。


「1.人殺しに走る老人たち」に進む