八ヶ岳山麓のガラス箱   No.09

施工者決定
 設計者は哀しいものである。
どんなに優れた設計をしても、施工者がいなければ建築は実現されない。
現場で設計者は、先生と呼ばれているけれど、先生の実態は才蔵法師の手の上の孫悟空に似ている。
施工者がいなければ、何もできないのが設計の先生である。

 ところで今回は、土地を譲ってくれた地主さんが、紹介してくれた施工者に工事を頼むことになった。
匠研究室では見積合わせが通常だが、今回は施工者の指定があったので、特命で見積をとることになった。
図面一式を渡してから2週間後、第1回目の見積書が郵送されてきた。

 当初の見積金額は、こちらの予定額を3割以上も超えていた。
あそこを直し、ここを削りと、何度も検討し、現地での交渉にのぞむ。
細かく検討するので、3時間近くかかった。
八ヶ岳の山麓と匠研究室とは、ずいぶんと離れているので、現場に行くのは1日仕事である。
建築主と一緒に見積交渉のあと、現地の温泉巡りなどもした。

 第1回目の交渉では、まだ金額が合わなかった。
見積が不調になることは、ある程度は予想してはいた。
鉄骨工事が突出して高いのだ。
そこで協力業者つまり鉄骨工事の下請けさんを、入れ替えることを提案した。
施工者は下請けの入れ替えを嫌うものだが、この施工者はまったく嫌な素振りも見せず、入れ替えに応じてくれた。

 下請け先の変更まで、設計者がやることはない。
しかし、ある工事種目が相場より高い場合、下請け業者をこちらで指定することはある。
匠設計が直接に下請け業者に見積を依頼し、その金額を施工者に伝えた。
鉄骨工事だけで100万円ほど違うので、こちらで推薦した鉄骨屋さんを使ってもらうことにした。

 第2回目の交渉は、それほど時間がかからなかった。
目標の金額には、5%ほど届かなかったが、交渉を隣で見ていた建築主が、施工者の誠意をくんで折り合ってくれたのである。
見積金額の中で、大きな影響を与えたのは、町へ支払う水道分担金などである。
町に支払われる金額だけで、100万円を越えている。
小規模な工事で、100万円も町に取られると、施工者は見積に苦労するだろうと同情した。

 設計という作業は、夢を広げていく方向だから、本当に楽しいものだ。
悩みは多いとはいえ、楽しい悩みである。
しかし、見積合わせは金額を削る、いわば後ろ向きの作業だから、本当に厳しい。
施工者も赤字にはできない。
ぎりぎりの数字のやりとりが続く。
毎度のことながら、ここが胸突き八丁である。

 1ヶ月近くかけて施工金額がやっと決まった。
建築主も喜んでくれた。
契約の締結は、11月3日に建築主の家でおこなった。
ここからは、工事の主導権が設計者から、施工者へと移っていく。
工事が上手く行くも行かぬも、施工者の器量次第である。
若い施工者に大きな期待を寄せて、小さな工事が始まった。

「タクミ ホームズ」も参照下さい
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