少子化試論−人間を対象化する
2005.08

目   次
1.はじめに
2.人口増加の限界と労働力の必要性
3.工業社会と人口増加の始まり
4.人口減少と少子化の顕在化
5.第1次産業の従事者と特殊合計出生率の相関関係
6.最強の人間と観念の自立

5.第1次産業の従事者と特殊合計出生率の相関関係
 戦後、人口は増加の一歩をたどった。
敗戦直後は7000万人台だった人口は、いまや1億2000万人台である。
戦後から見ると、人口は倍増に近い。

 戦後の人口にかんする統計は、ほとんどが右肩上がりである。
そのなかで、女性の子供を産む数=特殊合計出生率は、終戦直後から急激に低下してきた。
この低下は50年以上も 続いているし、今後も低下することが予測される。

 50年以上も低下が続いているとすれば、短期的な視点では対応できないのは自明である。
女性の高学歴化や職場進出など、1970年代以降の現象と言ってもいいし、非婚化や晩婚化だって戦後の全体を見るには、短期的な視点といわざるを得ない。
少なくとも、前近代の終わりから近代をとおして、少子化を考察しないと、本当の原因は解明できないだろう。
そこで、戦後の人口関係の統計を見ると、同じように低下してきた統計があることに気づく。
それは第1次産業の従事者である。

 人類最古の産業は農耕であろう。
だから農耕(漁業や林業を含む)を第1次産業と呼ぶのだ。
前近代には第1次産業しか存在しなかった、と言っても過言ではない。
近代にはいると工業が登場し、人々は農耕労働だけではなく、工場労働をも行うようになった。
農民と呼ばれる第1次産業の従事者以外にも、働く人間が登場してきた。

 江戸時代は人口の90%が農民だった。
土地を相手の労働をしない人間は、武士や僧侶などきわめて少数だった。
時代が下るに従って、農民が徐々に減り始め、今日では5%を切ろうとしている。

 第1次産業の従事者は、総労働者にしめる割合で考えると、明治以降一本調子で低下してきた。
しかし、戦前の産業構造 は、第1次産業の従事者をまだ大量に必要としていた。
そのため、戦前は実数で見ると、第1次産業の従事者つまり農民は減少していない。

 明治になってからは総人口がのびていたので、戦前は第1次産業の従事者も増加していた。
もちろん第2次産業や第3次産業のほうが、増加率ははるかに大きい。
そのため農業や漁業といった、第1次産業の従事者が増加していることは、脚光を浴びることはなかった。
工業従事者だけが増えたと誤解しがちであるが、第1次産業の従事者も着実に増加していた。
増加しつつあった農民人口が、実数として減少に転じたのは、戦後になってからである。

第1次産業従事者と合計特殊出生率
両者は相関関係があるように見える
 戦後になると、農民人口は、坂を転がり落ちるように減り始めた。
他の産業従事者が増える中で、農民人口だけは一直線の右肩下がりである。
それは第1次産業の地盤低下であると同時に、第1次産業がもっていた労働者を、第2次産業や第3次産業の労働者へと、組み替えていくことを意味していた。
つま り、家=家庭が生産組織だった第1次産業の労働環境と、現在の労働環境はまったく違ってしまったのである。

 産業が要求する労働環境が、人口の多寡を決め出生率を左右するのだ。
労働集約的な第1次産業から、第2次産業や第3次産業へと転換することは、労働力を不要としていく。
だから第1次産業が圧倒的少数になった現在、少子化が進行するのは当然の現象である。

 
非婚とか晩婚といったことは、産業が要求する家族のあり方の結果的な表現に過ぎない。
少子化の原因を、非婚化とか晩婚化だと言っても、何の解決にもならない。
それは同義反復に過ぎないのであ る。

 第1次産業の従事者が5%を切ろうとしている今、特殊合計出生率の低下が重なって見える。
右肩上がりの統計が多いなかで、第1次産業の従事者と特殊合計出生率の統計は、戦後そろって右肩下がりに進行してきた。
これは第1次産業のみが、人口増加を内包した産業であることの反対の表現だろう。
第1次産業と比べると第2次産業や第3次産業は、産業それ自体が労働力をそれほど必要としていないのだ。

 特殊合計出生率は、丙午(ひのえうま)の年に極端に落ち込んでいる。
また、心理的な要因で小刻みに変動しているように見える。
そのため、人々の意識の変化によって、子供の生まれる数を増減させることが、可能であるかのように思わせる。
しかし、心理的な要因は、局部的な変化を促すだけであり、全体の流れを動かすほどの力はない。
人口の増減は、あくまで産業がその根底を決定している。

 今後、ますます第1次産業は減少し、第2次産業や第3次産業が増えるだろう。
それは不可避であり、今さら第1次産業の従事者を増やしたら、今の人口すら養えない。
しかし、第2次産業や第3次産業は、人口を増やす自律性を内包していない。
とすれば、人口の低下を止め、現在の人口を維持するためには、今後は今までとは異なった視点が必要である。

6.最強の人間と観念の自立
 子供を不要だというと、大顰蹙を買うだろう。
汚れなき子供は天使であり、子供こそ無垢の象徴である。
子供を不要だということは、天に唾することだという 声が聞こえる。
しかし、子供なる概念が成立したのは、アリエスがいうとおり近代に入ってからである。
そのうえ巨視的に見れば、コンピュータという頭脳を内蔵した機械の登場によって、子供だけではなく人間自体が不要になっている。

 工業社会は人間賛歌のヒューマニズムで開幕した。
土地が規定する拘束から離れ、人間賛歌は身分秩序を打破した。
人間賛歌が工業社会の思想的基盤だった。

 そこで子供賛美が生まれた。
無垢なる子供という概念は、人間賛歌の一部にすぎない。
子供を賛美することが、人間賛美に繋がったのだ。
人間賛美、子供賛美は、女性に中絶を許さなかった。
女性の中絶願望より、生命のほうが重要だった。
人間賛歌は人間の生命を至上としたから、生命を断つ堕胎が禁止された。
女性の自己決定権が制約を受けたのは必然だった。

 工業社会の観念は、その基礎に人間という物をおいた。
そのため思考が物の性質に拘束され、完全な自由を手に入れることはできなかった。
情報社会は観念= 思考の支配する社会である。
ここではすべてのものが意味を失い、浮遊する存在になる。
人間も例外ではない。
人間だからといって価値がある必然性はない。
バラの美しさと女性の美しさも等価であり、犬の命と人間の命は等価である。

 観念の対象は、もっとも面白いものに注がれる。
人間が主体にとどまる限り、人間を面白いと感じれば、観念の対象は人間に注がれる。
少子化を解く鍵は、人間は面白いと観念できるかである。
子供が労働力としては不要であっても、人間を面白いと観念できれば、人はきそって子供を持つし子供を育てるようになる。

 子供の存在意味が、決定的に変わったことを前提にした論考が不可欠である。
第1次産業が主だった時代には、子供は必要だから存在した。
第3次産業が主流になる情報社会では、子供は不要である。

もし、不要な子供が存在を許されるとすれば、それは趣味対象としてだ。
子供はおもしろさの対象として存在を許される。
面白いという精神活動の対象として、大人にとって子供はかけがえのない生き物である。
精神活動、言い換えると、純粋に愛情の対象としてだけ子供は存在し、大人の宝として存在を許される。
                         −了−
 今後の家族の形は、「核家族から単家族へ」を参照して欲しい。

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