シングルズの住宅
住宅及び居住環境における1人世帯の研究               1994年1月記        目次を参照する

第1章 研究の目的・視点・方法

3.研究の視点

 筆者は、1992年に「性差を越えて」*11を上梓した。
その際、男女の社会的な存在形態が、ほとんど近接してきており、
1991年には女性の就職率が、男性のそれを上回ったこと。
初婚年齢が上昇していること。
一生にわたって独身生活をするかも知れない人々が広範に登場していること。
1990年に合計特殊出生率が1.53人となったこと。
男女ともに平均寿命が延び、伴侶の死後の1人生活が考えられることなどから、
今までの男と女の役割分担は崩れるだろうことを予感した。

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 男女差が崩れることは、性的な属性や社会的な立場から人間を見るという視点を無化し、裸の個人へと価値観が収赦することになる。
そう考えるとき徐々に、筆者のなかに<個化する家族>という概念が形成されてきた。
また、今まで個人は家族をつうじて社会と接触したが、これからは個人がそのまま社会と向き合うだろうとも予潮された。
換言すれば、それは今までの家族は複数で構成されたのにたいして、今後は家族が個人単位に行動するようになり、その個々人が社会的に個化するだろうと思えたのである。
それは、今まで考えられてきた家族やその構成員は、必ずしも時代貰通的なものではなく、きわめて時代的な制約下にあるものであるという認識であった。
換言すると、男が父親の女が母親の役割を担うという、子育て組織としての今までの家族形態が、分解過程に入ったという認識であった。

 それは、フイリップ・アリエス氏 *12 やエドワード・ショーター氏 *13 らによって主張された
近代の学校制度ができてから、子供なる概念が登場した。子供を含む家族は、伝統社会のそれとは異なって、きわめて近代社会特有のものである
という家族観の根底的な転倒にも、多いに影響をうけていたのである。

 労働が、強力な腕力を必要とした次元からはなれ、頭脳労働と呼ばれるものにその中心価値を移動させている現在、労働市場における女性の劣性は急速に無化されている。*14

 「
…生産力の低かった時代には、妊娠中の女の生活を維持するためには、終生にわたって、1夫1婦でなければならないように、勘違いしやすい。<中略>…終生の1夫1婦制のもとで、妊娠出産・育児を女の仕事として、女に担当させることは、女に経済力をもたせない、もっとも簡単な方法だった」*15

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 「労働に直接参画している人間は、自然であるがゆえに、健康である。<中略>ところが、終生の1夫1婦制から発生した、専業主婦はそうではなかった。主婦の担当した家事労働は人間にとって、不可欠のものではなかった」*16

 「
…女にとって、家事労働は何の存在証明も与えてくれない。<中略>…対としての男と女を労働単位とする、近代社会の家庭は崩壊した」*17

 男女の役割分担が消滅するのと平行して、男性も女性も、相互依存的な関係ではなくなった。
つまり、それぞれの性が独立し、個人として生活ができるようになった。
異なった性と対をなさなくても、社会的に存在できるようになったのである。ここではもはや、旧来の標準家庭という考え方は、通用しない。
ここであらためてお父さんとお母さんと2人の子供という標準家庭を持ち出して、住宅を考えることは、標準家庭以外の人びとにたいする差別にすら、つながりかねない。
本研究では、標準世帯という考え方と裏腹である、独居老人対策としての高齢者用住宅という発想はとらず、どんな単身者=シングルズも、すべて等しい個人であると考える。

 家族が個化することは、個人の標準化を許さず、家族のあり方がきわめて多様化することを意味する。
核家族も結婚もスウェーデンからなくなったわけではない。ただ、この形だけが家族の形態というのではなく、新しい家族の形態がでてきて、かなり多様になったといえる」*18

スウェーデンの世帯(1975年)    表1−1
世帯の規模
子供のない世帯
1人世帯 30
2人世帯 28
2人以上
合 計 66


子供のいる世帯
大人1人と18歳以下の子供
大人2人と18歳以下の子供 25
大人2人以上と18歳以下の子供
合 計 34
子供は1人でも2人以上でも、要するにここでは子供のいる世帯という分類になっている。
ヤンソン由美子「男が変わる」(P63)より借用



 そして、最近のわが国では、働く女性が独身のうちに、自分自身のために住まいを買う傾向が生まれてきた。
もちろん、これは未だ少数であるが、今までなら女にとって自己所有の不動産は結婚の障害になる、とされていた。
にもかかわらず、こうした動きがでてきたことは、女性の経済的な自立の兆しと見なしてよいと思われる。
けだし、男は独身か否かによって、不動産を買ったり買わなかったりはしないから。

 こうした背景から本研究では、単身生活者が今後も増えていくだろうことを論証し、そして現在でもすでに全国平均で4軒に1軒を占める単身生活者の住生活を、単身生活者=シングルズも1人の社会人であるという視点から、論述していく。

4.研究の方法

 本研究は、前述の問題意識にしたがって、前半と中間部および後半の3つの部分からなる本論と、住宅・都市整備公団の平面計画をもとに間取りを検討した付録から構成されている。

 前半部は、家族や世帯の定義をしつつ、1人世帯=シングルズの動向を文献渉猟をするなかから論理的に探っていく。
 筆者は、今後1人世帯は増えることはあっても、減ることはないだろうと予測しているが、その背景の分析が中心となっている。

 中間部では、各自治体の都市計画課や建築指導課などへの面接調査をしながら、シングルズの住処である民間賃貸住宅・ワンルームマンションの実態を調べる。
そして、そこでのシングルズの住民としての扱われ方などをとおして、1人世帯が現在どのような状況におかれているかを、記述する。

 後半部では、シングルズへのインタビューをもとにして、いくつかの具体例を引きながら、1人世帯が今後どのように展開していくかを、ケース・スタディをまじえて考察する。


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