シングルズの住宅

住宅及び居住環境における1人世帯の研究               1994年1月記        目次を参照する

第6章 個化する社会

6.シニアー ハウス

 「<結婚>は、わたしにとって、心地よい棲家とは思えなかったからである。結婚すれば、なぜ自分の姓をすてなければならないのか。なぜ女だけが『家事』をするのか。とてもわたしには、それが楽しい場とは思えなかった」*21

同じ問題意識をもつ者、同じく女の自由を考えている者が、組み合い考え合う場を作りだそうということであった」*22

 フェミニズムの高まりの中で、女性たちが自立を摸索しはじめ、さまざまな運動が起きた。
そうしたなかで、大戦後今日に至るまで、実践的な女性運動の活動家であった駒尺喜美氏は、女たちの安心できる場所を作ることを念願していた。
運動家として私を獲得した氏自身が老年期を迎え(1925年生まれ)、その想いがますます強くなっていったらしい。

自分がもっとくつろげて、自然に暮らせる場を、もし『家庭』と呼ぶならば、『家庭』は必ずしも家族、血縁でなくともよい。単身家庭もあれば、友だち家庭もある」*23

 男性原理が支配する現代社会のなかで、女性たちが独力で新しい運動を形成することの困難さは、想像を絶っするものがあるであろう。
ましてや、それが資産をめぐるものに近づくとき、ますます困難の度を深めるであろう。
マイナリティーの運動形成は、どんな時代にも困難を極める。
土地や建物を人手するのは大変なお金がかかる。
今まで弱者とされてきた女性には、土地や建物を購入するために銀行からお金を借りることは、たとえ収入があっても不可能に近かった。

 バブル時代が残した遺産の一つは、収入のある者は誰でも大切なお客様であるという確認であった。
女性であっても確実な収入さえあれば、銀行には大切なお客になったのである。
収入がありさえすれば、誰にでも借金能力がある。
つまり女性でも、事業の主体になれるようになったのである。
家を買いはじめた女性と同様に、時代の恩恵は誰のうえにも少しづっふりまかれた。
やっとここで、男とか女といった生得の属性から獲得されたる私へと、人間の評価基準が移動し始めた。

 駒尺氏は長年の夢を、大阪の江坂で(株)生活科学研究所とタイアップすることによって実現した。
氏は、かって所有していた東京都内の土地を処分して資金を作り、シニアハウスを建物を建築した。

 (株)生活科学研究所は、有料老人ホームを建築し、それを運営している会社である。
今までの老人ホームというと、管理が厳しく規則ずくめのものが多かったが、この会社は入居者の自由を最大限に尊重している。
<生活科学研究所といいますが、株式会社という以上営利を目的としている組織ですよね。そうした組織を相手にすることに抵抗はなかったですか>
という質問に対して。

人が動けば、かかるものはかかるんだし・・・、今の世の中では株式会社がよろしい。」*24

 土地代・建築費や家賃などの細かいことは話されなかったが、元気な女性に取り囲まれ、多くの女性たちが活発に出入りする現在の建物に、駒尺氏は相当満足されているようであった。


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