幸いなことに重大な麻痺も残らず、ほんとうに軽い脳梗塞でした。でも、自分では気が付かないおかしなところがあるかもしれません。匠雅音が、ベッドの上で過ごした11日間の記録と、その後日談です。
 脳梗塞という言葉はよく聞きますが、たいていの人は「まさか自分が・・」と思っているのではないでしょうか。ボクももちろんそうでした。だから初期症状が出ても脳梗塞とはまったく気が付きませんでした。
 脳梗塞に襲われたときに「あっ、これはやばそう」と疑えるように、出来るだけ細かく当時を思い出してみました。脳梗塞の治療は、ある意味時間との勝負になります。人により症状は異なるでしょうが、イザというときのために脳梗塞の初期症状がどんなものか知っておいても、決して損はないと思います。

2008年8月19日(火)

−退院後 第18回− とうとう2年が経った・・・

 この8月で、退院してから2年がたった。長いともいえるし、あっという間だったとも感じる。退院してから、体調は徐々に良くなった。むしろ若くなっているという人さえいる。たしかに快調になった自覚症状もある。

 退院後1年以上は、暫くじっとした後で身体を動かすときには、きりきりっと全身が痛かった。だから、朝ベッドから離れるときには、ちょっとした決心が必要だった。また、1時間くらい運転した後も、身体を動かすと部分的に痛みを感じたりした。
 しかし、今では何でもなく、しぜんに床離れができるし、車から離れるときにも身体は痛くない。

 1年くらいたった頃だろうか、椅子に座っていると、足が浮腫むようになった。また目が覚めると、21センチの足首が、26センチくらいになっていた。老化かと思っていたが、どうもそうではなかったようで、今では何ともない。
 他の人に聞くと、脳梗塞の病後には浮腫がくることがあるらしい。とまあ、順調なのだ。

 そうはいっても、脳梗塞は水虫とは違って、やはり立派な病気である。たまたま後遺症がなかっただけで、重大な病気であることに変わりはない。再発率も高い。ラクナ脳梗塞だから、半年後の再発はないだろうと思ってはいたが、再発がいつも気になっている。

 ボクの爺さんが、同じ年齢で脳梗塞をやって、その5年後に2度目のストロークがきて死んだ。その爺さんに、ボクはよく似た体質だから、そんなに長生きではないと思っていた。にもかかわらず、今日が還暦である。同じ歳の時に、爺さんには軽い麻痺があった。こんな年齢まで、よく健康で生きたと思う。

 さて、3月21日の採血で、総コレステロール値が268で、LDL-Choつまり悪玉コレステロール値が191だったから、それ以降「リピトール」が処方されたと書いた。6月の採血で159と87へと下がったので、なるべく薬を飲みたくないボクは、これを止めたかった。そこで、F医師と相談のうえ、2ヶ月にわたって「リピトール」を止めていた。
 健全な食生活をしているから、もう薬に頼らなくても良いだろうと、楽観していたのだ。そして、今回また血液検査をした。すると、残念なことに総コレステロール値が234で、LDL-Choつまり悪玉コレステロール値が151だった。あーあ、これで薬漬けに逆戻りである。

また「リピトール」が処方された。
 朝アダラート20mg、それに夕方アダラート20mg+オルメテック20mgを飲んでいる。薬のおかげか、血圧については順調である。夕方に上がる傾向もきえ、上が130前後、下が70前後と、安定した数字を示す。
 グラフもほとんど水平の線である。2つの薬のせいで、検査の数値はすべて健常値に入っている。副作用を心配しつつも、薬の有りがたさに感謝する。薬のなかった時代のことを想像すると、さぞ大変だったろうと思う。
 良い時代になった。

 脳梗塞をやったことは、ボクにとって良かったと思う。身体を見直す機会になったと同時に、人生に区切りがついた。発症する前から、ボクの人生で為すべき仕事は、すでに終わったと思っていた。ただ日々の流れにおされて、生に執着していたようだ。

脳梗塞をやったおかげで、人生への執着がなくなった。

 では今、死ぬかといわれれば、自死はしないが、それが寿命であれば甘受する。淡々と生きる、そんな心境になりつつある。
 冬の寒いほうが血圧が上がりやすく、脳梗塞になりやすいと思いきや、夏のほうが倒れる人は多いのだ。夏は汗をかくので、血液が濃くなりやすく、脳梗塞の発症例が多い。いろいろと心しながら、自分の身体と付き合っていこう。