幸いなことに重大な麻痺も残らず、ほんとうに軽い脳梗塞でした。でも、自分では気が付かないおかしなところがあるかもしれません。匠雅音が、ベッドの上で過ごした11日間の記録と、その後日談です。
 脳梗塞という言葉はよく聞きますが、たいていの人は「まさか自分が・・」と思っているのではないでしょうか。ボクももちろんそうでした。だから初期症状が出ても脳梗塞とはまったく気が付きませんでした。
 脳梗塞に襲われたときに「あっ、これはやばそう」と疑えるように、出来るだけ細かく当時を思い出してみました。脳梗塞の治療は、ある意味時間との勝負になります。人により症状は異なるでしょうが、イザというときのために脳梗塞の初期症状がどんなものか知っておいても、決して損はないと思います。

2006年8月16日(水)

−第8日目− はじめて病院内を探検

 不思議なことに、夕べは頭痛がこなかった。おかげですっきりとした目覚めである。
 8時、朝食。
 同室のさんは、同じ大学の大先輩だとわかり、とても親しくしてもらった。ボクより20歳近くも年上だが、さんはちっとも偉ぶらず、話題も広く、好々爺然としてボクに接してくれた。
 その彼も、もちろん心原性脳塞栓という脳梗塞。しかも、今年の2月にストロークに襲われて、一度この病院に入院したという。そして、最近ふたたびストロークに襲われ、今こうして同じ病室で枕を並べている。
 2月に一度は退院しながら、6ヶ月後の8月に再入院!

目の前が真っ暗になった

 ボクのジイさんが、やはり50代の後半に脳梗塞でたおれ、5年後に2度目の脳梗塞で死んでいる。だから、脳梗塞が再発しやすいことは知っていた。しかし、6ヶ月後とは…、まさに茫然自失である。
 5年あれば、それなりに人生の区切りがつけられる。しかし、半年では!! さんの症状も比較的軽く、それがせめても救いだった。

 午前11時過ぎ、昨日つけたホルター心電図が止まっている。24時間たつと、自動的に止まるらしく、液晶表示の時刻が見えない。すると間もなく、看護婦さんが現れて、心電図をはずしに1階に行くようにいった。すでに、自由行動が許されていたので、1人で1階まで行く。器具をはずして、アルコールで拭いてくれる。これで今日は入浴できる。

その帰りに、はじめて病院内を探検してきた

 まず、地下の売店に行く。狭い空間にたくさんの商品が並び、あれとこれを買おうと、心つもりをして今日は引き上げる。そして、2階の軽食堂へ行ってみる。ここは1階のレストランと違って、外来者が来ないのだ。
 ビンゴ、良いところを見つけた。広くて明るく、あまり混んでない。しかも、コーヒーが250円。コーヒーを飲んで良いか、さっそくS医師に許可をもらおう。
 ランチが580円だから、退院してからも利用できそう。よしよし、である。
 夕方になって、空いていた隣のベッドに、隣人が入ってきた。やはり2度目の入院だという。しかも、前回から半年と経っていないらしい。また、ショック。

 隣人は重病だった。意識はしっかりしているが、左下半身の麻痺が重く、太っていることも手伝って、彼は一人で行動できない。しかも、排尿関係の神経もやられているらしく、排尿のためのナース・コールが間に合わない。そのたびにシーツを汚し、彼はひどい自責の念にかられている。
 脳梗塞では、自分が自分をコントロールできなくなる。誰でも膀胱がいっぱいになれば、トイレに行きそこで排泄するだろう。しかし、膀胱がいっぱいになった感覚と、それを自覚する感覚、そして排泄する感覚が切れてしまうのだ。子供の頃、オネショをしたように、自分の意志はありながら、自分がコントロールできなくなる。そうでありながら、頭の認識は、いつもの大人である。

 自分の失敗を、誰よりも良く知っている。だから落ち込む。事前に知らせてくれと言われても、自分が気がついたときには、もう遅いのだ。世話をしてくれる看護婦さんには、申し訳ないと思いながら、自分の失敗を自分ではどうすることもできない。これをリハビリで治していく。絶望からの出発になるのが、痛いほどよくわかる。

 ところで、ボクの脳梗塞を自己診断してみる。
 ラクナ脳梗塞、アテローム脳梗塞、心原性脳塞栓とあるうち、発症の経過から心原性脳塞栓ではなさそうだ。たぶん動脈硬化からきた、アテローム脳梗塞ではないだろうか。
 アテローム血栓性脳梗塞について、参考書には次のように書かれている。

「安静時に症状があらわれるケースが半数をしめ、睡眠中におこり、目覚めて発症に気づくことも少なくありません。余分なコレステロールが血管に付着し、血流によってその部分が傷つき破裂して、そこに血小板があつまって血栓ができ、血流が遮断されます。
 発症時は麻痺などの症状は比較的軽く、しばらく同じ病状が続いて、再び急激に悪化するということを繰り返しながら、数時間ないしは数日かかって次第に症状が重くなっていきます。」

 初期症状で気がつき、すぐに治療を始めたので、大事に至らなかった。発症の経過や、自分の食生活からも、そう考えていた。
 しかし、後日、ラクナ脳梗塞だ、との説明がS医師からあった。その詳細は後述する。