幸いなことに重大な麻痺も残らず、ほんとうに軽い脳梗塞でした。でも、自分では気が付かないおかしなところがあるかもしれません。匠雅音が、ベッドの上で過ごした11日間の記録と、その後日談です。
 脳梗塞という言葉はよく聞きますが、たいていの人は「まさか自分が・・」と思っているのではないでしょうか。ボクももちろんそうでした。だから初期症状が出ても脳梗塞とはまったく気が付きませんでした。
 脳梗塞に襲われたときに「あっ、これはやばそう」と疑えるように、出来るだけ細かく当時を思い出してみました。脳梗塞の治療は、ある意味時間との勝負になります。人により症状は異なるでしょうが、イザというときのために脳梗塞の初期症状がどんなものか知っておいても、決して損はないと思います。

2006年8月14日(月)

−第6日目− 心臓の超音波検査

 深夜、午前0時に、頭痛のために目が覚める。頭のてっぺんの左右10センチくらい、ズキンズキンと痛い。右向きで横になると、やや痛みはやわらぐ感じ。左を下にすると、そうとうに痛い。真夜中だし、頭が痛いと訴えても、治るものでもなさそうだ。じっとがまんする。
 2時間くらい、痛みに耐えて、うつらうつらする。6時の起床時間には、頭痛は引いていた。頭痛の原因がわからず、これまた心配の種だ。起床しても、寝不足だったせいでか、頭がスッキリしない。

 朝7時、とうとう点滴が終わった。やっと紐付きから解放された。両腕には注射の後が残るが、そんなことは気にならない。点滴があると、どうしても病人の気分になる。これで退院の方向がはっきりした。

午前9時、心臓の超音波検査だと、看護婦さんが迎えにきた

 車椅子にのって、検査に向かう。心原性の脳塞栓の可能性を調べるためだろう。発症の経過から、心原性の可能性は低いと思うが、対処方法が違うので、やはり検討はする必要がある。

 車椅子のボクは、超美人の検査官にひきわたされた。うす暗い部屋で、緊張しながら、ボクは横になる。窓のない暗い部屋で、美人検査官が生息していたのかと思うと、何だか妙な感じ。今度はパンツではなく、ボクの胸に彼女の手が伸びてきた。
 ボクの心臓の上で、彼女はもくもくとテスターを動かす。そして、20分後、
「はい、お疲れさま。結果は、主治医から聞いてください」
といって、迎えの看護婦さんに引き渡された。彼女は検査中も緊張した顔をしていなかったから、特別な問題はなかったのだろう、と思う。

 午前10時30分、入浴。シャワーではなく、入浴の許可がでた。2メートル四方くらいの、やや広めの浴室。1人で入るのには、大きな浴槽に、たっぷりとお湯をためて、身体を沈める。昨日シャワーを使ったとは言え、身体をこすると、ポロポロと垢がでる。しかし、ストロークが来ないかと、それがチラッと頭をよぎる。

 この日の昼食から、食堂に行くようになった。車椅子での移動も、解除された。自由に歩いてもOKだが、単独行動はまだ禁止である。
 この病院では、歩ける人はベッドの上ではなく、食堂で食事をするのが原則らしい。ベッドの上にいると、足が萎えるし、食堂で他の人に会うことは、ちょっとした気分転換にもなる。食堂は明るくて、見晴らしもいい。多摩川の向こうには、新宿の超高層ビルがみえる。下には道を歩く人が見える。車が見える。日差しが強く、暑そうだ。  S医師が来る。 髪の毛を切ったのですっきり、彼は別人のようになった。 ますます好青年といった感じである。

 このままの状態が続けば、週末には退院できるとのこと。まだ実感がない。 おおよその病状を説明してくれる。ほぼ予想通り。明日、明後日と、夏休みをとるので不在とのこと。病状は安定しているので、不安はなかった。

午後3時から、リハビリが始まった

 リハビリ室にはいると、まず血圧測定。足のリハビリから開始。5キロの砂袋を足首に巻き、座ったまま足先をあげる。あげた足を5秒間停止。これを30回繰り返す。次には、同じく座ったまま、5キロの砂袋をつけた足を、太股からあげる。そして5秒間の停止。これまた30回。今度は、自転車のチューブに足首を引っかけて、手前に引いて5秒間停止する。これはきつい。
 足が終わると、腕のリハビリである。また血圧測定。手と足は別の領域らしく、ここで担当のインストラクターが変わる。いずれにしても、皆すごく親切で、とても感じ良い。ボクは嬉々として、リハビリにはげむ。約1時間、うっすらと汗をかくほどだった。

 しかし、ここで後遺症の実態を見た。ほとんどの人が車椅子に乗っている。歩けないのだ。整形外科から来たと思われる人は元気だが、多くは生気がなく、うつむいて、じっとしたままだ。インストラクターから声をかけられても、返事には力がない。いずれも動作が緩慢で、見るに忍びない。手を添えられて、よろよろと立ち上がる。

この時は、自分がほんとうに幸運だったことに、まだあまり気がまわらなかった。